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第73話 選択肢

 明日の早番が終わったら、言われた場所まで一時間くらいかな。  アキくんの課題はまだ終わってないみたい。もう一本レポートまとめたら、って言ってたから、今日、明日は会えなさそう。  ちょうど、よかった。  作成した映画の提出は九月。夏休みが明けたらすぐに。データ提出って言ってたな。  評価は俺の参加を認めてくれた小川先生の他、数人。その人たちが話し合って、なのか、それぞれに採点なのかは、参加したのが今回初めてな俺にはわからない。  あいつ。  今、どっぷり業界人なんだっけ。  じゃあさ、たとえば、作成した映画の評価次第では、映画業界へのコネクション、繋げてくれたりする?  それだけじゃないかもしれない。  あの時だってさ。  ――どう? アシスタント。  ああ言ってたってことは、斡旋してくれるってことでしょ? 仕事先を。それってけっこうなパワーだよね。  お気に入りにはそれなりの対価を支払ってくれるんじゃん? 評価と、将来。その評価がどんな効力を持ってるのか、斡旋してくれる将来がどれだけ煌びやかで満足のいくものなのかは、わからないけど。  大したことじゃないかもしれない。  気持ち悪い思いをしてまで、吐き気を我慢してまで開く価値なんてないかもしれない。  でも、必死にチャンスを掴み取ろうとしている人にとっては、それが簡単に切れちゃいそうな糸だって、なんだって、かまわず握り締めるでしょ。  俺は宝物を汚される気がして嫌だったけど。  それって価値観の問題で、汚されても、踏まれても、泥かけられても、宝石は砕けないし、洗えばまた光るって思える人もいると思う。それはそれでいいと思う。  俺も。  ――あ、麻幌さん、この映画、見たことある?  俺を汚されても、踏まれても、かまわないやって思える宝物が最近ひとつ、できたから。  ――面白いよ。今度一緒に観て欲しい。  何より、大事って思った。  ――マジでっ? やった。いや、だって、嬉しいでしょ。麻幌さんとこうして映画のこと話して、隣にいさせてもらうのが俺の夢だったんだからさ。  映画より、自分が叶えたかった夢より、大事って、思う。  お礼? そんなのするに決まってる。俺を、丸ごと、包んで抱き締めて、ここに運んできてくれた人なんだから、するよ。なんでも、どんなことでも、彼のためになるのなら。  ――麻幌さん。  なんだってする。  アキ君のためなら、本当になんだって。 「あれ? 陽野さん、こっちの伝票、どこにやりました?」 「え? あ……」 「あ、あったあった。やば、伝票荷物の間に挟まってたら。これ、エリアチーフに見つかったら、また大目玉っすよ」 「ごめん」 「大丈夫っす。けど、平気です? なんか、今日、体調悪そうっすよ。熱中症?」 「あはは、かな」  今日も配送担当になった。そしたら、島崎くんが俺もって立候補してくれた。  外、暑くて。今日はアラート出るくらいに暑いから、みんな配送なんてしたくなくて、誰もやりたがらなかったのに。  けど、本当に暑い。  もう汗だくなんだけど。 「少し、休憩しますか」 「あー、んー、大丈夫」  汗だくでいいよ。  汗臭くて、ベットベトでいい。 「あと少しだから、積荷下ろし、しちゃう」 「ウッス」  触りたくなくなるくらい、そのくらいでいい――。  今日一日、考えてたのは……なんだろ。  いつもさ、これ、こうして運んだら効率良いかな? とか、あ、この伝票の入力の仕方だとちょっと早くない? 二秒くらい。たったの二秒でも一日で考えたら、効率アップでしょ、とか。あ、あの人、最近入った人かな。作業着が真新しい。迷子にならないといいけど、とか。  もちろん、アキくんのこともたくさん考えるよ。  一日に何度もメッセージを読み返しては、ちょっと笑っちゃったり、嬉しくなったりしてる。  ねぇ、今頃、お昼ご飯? 俺は今日はお弁当作ってみましたよーとかね。収入激減なので少しでも節約しないといけないからさ。それはこれから結婚を控えてる島崎くんもみたいで、一緒に節約弁当食べたりしてる。  いつも、いろいろ考えてるよ。  けど、アキくんのことは頭の中にある大事なものをしまう引き出しにそっとしまっておいた。  仕事のことは、あんま考えられなかった。  なんか。 「……」  頭の中が空っぽだった。 「……」  スマホもあんま見ないようにしてた。  けど、謝っておかないとって思ったから、到着してすぐ、メッセージを送っておいた。  ――ごめんね。今日は、遅くなるかも。  そう、メッセージを送って、そのあとは電源……切っておくと、カッコつくよね。なんか、ほんと、踏ん切りつかないなぁ俺。  でも。  だって。  スマホの電源切っちゃったら、アキくんとの繋がりがぷつんって切れちゃいそうだから。 「……」  あ、ひとつ、今、確かに思った。考えたことが、あった。  この選択肢で合っていますように。  いつも。  いっつも、俺は選択肢を間違えるけど、今回こそは間違えていませんように。  ただ、それだけを。 「…………お疲れ様。陽野」  願った。 「久しぶりだなぁ」  この選択肢で合ってる? 大丈夫? 間違えてない? ちゃんと、選んだ? そう何度も何度も、頭の中で考えていた。

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