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第74話 まるで映画のよう
いつも俺は選択肢を間違えちゃう。
こっちがいいと思う。そう思って、考えて考えて選ぶんだけど、いっつも、最後、やっぱあっちを選んでおけばよかったって。
そして、特に恋愛関係とかでさ、その選択肢を間違えて散々な目に遭うんだ。
「いやぁ、外、暑かっただろ?」
「……」
「何か飲む?」
業界人になった、んだっけ? プロデューサーとかしてるって。
背が高くて、見た目清潔感ありそう。奥さんとか、子ども、いるのかな。よく知らない。けど、優しい講師って言われてた。よく相談事にも乗ってくれるって、評判は割とよかったはず。
評判なんて当てにならないよね。
評価とか、仕事の紹介をネタに肉体関係を迫るような奴なのに。
「……いらない」
「……あそ」
嬉しそうに笑ってる。
楽しそうにしてる。
こういうタイプってさ、セックスは快感のためにあるんじゃないと思うんだ。こういう奴はセックスをして気持ち良くなりたいんじゃない。セックスはツールでしかない。ただ、相手を服従させるツール。相手を征服することが気持ちいいってだけ。セックスはそのための方法。
だから、服従しなかった、コントロールできなかった俺のことをちゃんと、自分の手で押し付けて、服従させたくて、こうして呼びつけた。
わかるよ。
「大学から出された課題のショートフィルム」
「あぁ」
セックスだけなら、数え切れないほどしてきたから。
「俺はもちろん、審査員には加わってなかったんだけど。今回、元大学の講師ってことで特別に評論に参加することにしたんだ」
「……」
「だから、いくらでも、星をつけてあげられる」
「いくつでも?」
「五つでも、六つでも」
「けど、山本先生の評価だけじゃ、どうにもならないでしょ?」
「大手制作会社の現役プロデューサーだよ?」
「……」
「それに評論でのコメントすら影響力がある」
「コメントも、いい感じに?」
「もちろん」
セックスを使って、相手をただ踏み躙って、自分の支配下に置きたいだけ。
「それプラス、仕事も斡旋してあげられる。懇意にしてる監督、会社、好きなところへコネクションを繋げてあげられる。彼、芝、」
「ねぇっ!」
こいつは、セックスがしたいんじゃない。
「本当に?」
「もちろんタダってわけにはいかないけど」
「……」
「シャワー浴びておいで」
あの映画で最優秀賞を獲れば、各映画制作会社へのお披露目会が行われる。それだけで本当に高評価になるかはわからないけど、でも確かに、今まで最優秀賞に選ばれた人はちゃんと仕事にありつけてる。
自分が就職活動してみて、よくわかった。この業界で「なりたい」仕事を見つけるのは簡単じゃない。
「夜は長いんだ」
「……」
「ゆっくり、楽しもう」
何それ。ダッサ。
笑えないほど陳腐なセリフ。
そんなの、今どき、どんな映画でも言わないんじゃない? ね、仁科さんに、このシチュどうって提案してみたらさ。
きっと、ものすごい渋い顔して嫌がると思うよ。
萎えるって言われる。
「ねぇ、これってさ」
「あぁ」
「セックス、したら、映画の評価あげてくれて、仕事も斡旋してくれるってこと、だよね。なんでもするから、したら、してくれるってことでしょ?」
俺も、萎えるわ。
「山本先生」
「あぁ」
「性接待」
今時、誰も観ないよ。こんなの。
「わかった」
「じゃあ、シャワーを」
「ありがと」
「?」
今日一日、空っぽだった。仕事もちょっとミスったし、アキくんとの連絡も取らずにいた。
ビビって、失敗したら嫌だから。
「こういうの、映画みたいで、一回やってみたかったんだ」
どうか失敗しませんように。
この選択肢で間違っていませんように。
けど、どっかでこうも考えてた。
「よくあるじゃん。なんだっけ。もう何年も前に観たからタイトル忘れちゃったんだけど、犯人がペラペラよく喋ってさ、それを全部、あの時は無線だったけど、拡散されてて、悪事が全部バれるっていうの、あれ最高だった」
主人公が無線機をジャーンって出した瞬間、ガッツポーズしちゃうくらいにスッキリした。
「録音させてもらっちゃった。山本先生」
「!」
「今時、流行らない性接待ネタだけど。とりあえず、あの時、山本せんせーをぶん殴って大学を辞めたあの人は、誘ったんじゃなかったんだ。拒否ったんだって、汚名返上はできるでしょ」
大丈夫。この選択肢で間違えてない。
あの時、オーナーにあの店で夜職しないか? って言われたのに頷いたから、アキくんに見つけてもらえた。
ずっと、これでよかった? ねぇ俺はこっち選んでよかった? そう思ってたのが、オッケーってなった瞬間だった。
「有名、大手制作会社の現役プロデューサー、性接待を要求。大学も私物可、って感じでしょ」
「! なっ」
「渡すわけないじゃん。ねぇ、綺麗な顔してるから非力とか思った? あの時、ぶん殴られたの覚えてないわけ?」
「渡せっ!」
そう言って、襲いかかってきたけど。
「渡さないってば。それに俺、もう夜職辞めて、今、倉庫系で力仕事めっちゃしてるからさ」
五キロくらいのものとかトラック一台に一人で積み込むくらいもわけないから。どっかで高みの見物して、映画のことをあーでもない、こーでもないって、語ってるだけのおじさんに腕力で負けるわけないじゃん。
力で、根性で、負けるわけないでしょ。
「公表するかしないかはあとで考える。けど、もう一切」
この選択肢で大丈夫。
「俺と俺の周りには一切、現れんな」
そう、ぎゅっと握りしめるようにこの手に力を込めた。
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