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第75話 ヒーローの帰還

 大昔、子どもの頃、大好きだった洋画には筋肉隆々でスーパーマンみたいなヒーローがたくさん悪い奴らを懲らしめてた。それを見ると爽快だった。  ヒーローたちがふとしたシーンで口にする気の利いたセリフもカッコよくて、けど、日本語だとなんかカッコつかかいっていうか、俺が突然そんなことを言ったって、違和感しかないっていうか。変っていうか。  憧れだった。 「ふぅ」  一件落着、かな。  今、出てきたばかりのホテルを見上げた。  山本、放心状態かな。  この音声が本当に公になったら人生終わりだって。  でも、本当にこの音声を公表するかっていうと……しない、かな。けど、何かされそうになったら、これを印籠みたいに振りかざすだろうけど。 「……」  セフレだったオーナーに店を勧められて、ここで仕事するようになって、よかったのか、とか。そんなことは考えないようにしてた。  いつも選択肢を間違えるから。  でも、よかった。  あの日、アキくんに選択肢Cを選ぶよう連れ去ってもらってから、ずっと、俺はきっと良い方を選んでる。  ――だから、好き。  アキくんを選んだ。  傷つくかもしれない。また、いつもみたいに後々痛い目を見るかもしれない。浮気されちゃうかもしれない。すでに二股掛けられてて、俺はただの遊び相手なのかもしれない。だって、お金で買われたんだし。優しそう、カッコよくて、俺のことを大事にしてくれて、そんなふうに今見えてるだけかもしれない。  数ヶ月後には泣いてるかもしれない。  それでも、アキくんを好きになった。  他の人とはもうできないよ。  アキくんじゃないと。  だから、あとで傷つくかもしれないけど、どうして信じちゃったんだろうって思うかもしれないけど、いいよ。そう思って、選んだんだ。  そしたら、今、俺は自分のことすごく好きで、今、一分一秒、時間一つ一つが心地良くて、好き。  夏の暑さも、夕暮れに気まぐれに吹く少し涼しい風も、すごく好き。  他にもたくさん。  オーナーが手助けをしてくれたけど、俺は、自分で見つけた倉庫の仕事を選んだ。お給料、安いけど、でも、頑張ってたら、彼の手助けをできた。結婚したいと将来を考えてた彼を応援できた。虹が似合いそうな場所も見つけられた。  どの選択肢も、気に入ってる。  今の、ちょっと強い自分に繋がってる。  あっちの選択肢は絶対に選ばないよ。  アキくんのために、あそこで身体を、なんて。  絶対に――。 「もしもし? アキくん」 『もしもしっ! これっ、麻幌?』  あ、焦りまくって、「さん」つけ忘れてる。 「ごめん。ブロックしててさ」 『なっ』  ブロックされてて驚いたよね。ごめんってメッセージが意味わからなくて焦ったよね。何してんの? 今どこなの? なんであんなメッセージ送ってきたの? って。  きっと言いたいこと、訊きたいことがありすぎて、言葉が喉奥のところでつっかえてる。 「電話、繋がったら、困るから。ちょっと一時的に、ごめん」  メッセージのやりとりしてたアプリで、アキくんをブロックしちゃった。 『今、どこっ?』 「えっとね……」  ごめんね。それだけ送っておいたんだ。ちょっと意味深すぎてびっくりするよね。しかもそのあと、ブロックされてるから連絡できないし。はい? ってなるでしょ。  アキくんの電話番号だけメモしておいた。終わったら連絡しようと思って。  電話の電源切っておけばよかったのかもしれないけど、録音したかったから、それできなかったんだ。  だから、アキくんにメッセージを送った後にブロックして、連絡つかないようにしておいた。  ごめん、は、アキくんと仁科さんたちが一生懸命作ったショートフィルムは選ばれることは絶対に無くなっちゃったこと。俺がここで、あいつの提案を蹴り飛ばすから、きっと断っちゃったら、逆恨みとかされて、どんなに「虹」が素晴らしくても、選ばれないと思う。輝かしい……ことにはならないと思うからさ。  それでも、俺はアキくん以外となんてできないよ。  だから、ごめん、って伝えておいた。  一緒になんだって頑張るから。 「今から、アキくんちに行ってもいい?」 『向かいに行くっ、どこっ?』 「早く会いたい」  そばにいてよ。  へぇ、駅、小さい。  ここがアキくんの暮らしてるとこなんだ。  駅は小さいけど、人はけっこうごっそり降りてく。見慣れない階段を上って、アキくんのとこは北口、だっけ。じゃあ、こっち。  どんなとこに住んでるんだろう。  あんま期待しないでって言ってた。  普通のとこだし、カッコよくないし。机もこどもの頃に使ってたものだしって。  楽しみだな。  早く――。 「麻幌っ!」 「!」  君に会いたいな。 「麻幌っ!」 「……アキくん」 「マジで、なんかあった?」  あったよ。あったあった。すっごいこと、あった。 「いきなりメッセージ送ったら拒否られてて、本当にビビった。それにごめんって」  だって、そうしないと、メッセージがピコンピコン来ちゃうでしょ。カッコつかないじゃん。  貴様の悪事は全てここに録音させてもらったぜ、ってカッコよく決めてる間、ずっと、メッセージ着てたり、電話がなっちゃったりしたらさ。 「本当に」 「ごめんね」  ビシッと決めたいでしょ。 「ちょっと、映画のヒーローみたいなこと、してたんだ」  そして、映画のラストシーンのヒーローみたいに明るく元気に笑って見せた。

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