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第78話 ずっと、ずーっと

 これは、大変。  今日がお休みの日でよかったです。 「麻幌、何か欲しいものある?」  えぇー? 俺、けっこうタフなほうなんだけどなぁ。  一晩中、全部ショートコースで埋まってた夜も、こんなじゃなかったんだけど?  早朝、ラストのお客さんに営業スマイルで「またお願いしまぁす」って帰ったりできたくらいにはタフなはずなんだけど。  そして、昨日から、アキくん、俺のこと「麻幌」って呼ぶようになってるし。カッコ良すぎてドキドキするんですけど。 「アキくん……お腹、空いた」 「何にする? さっと食べるほうがいい? そうめんとか」 「あ、そうめん食べたい」 「了解」  腰、ガクガクなんですけど。  たったの一晩で、ベッドから出られなくなっちゃったんですけど。 「すぐに作るよ」 「……うん」  でも、一晩でたくさん可愛がられた。  こんなに幸せを感じるものなんだぁって、感動した。 「めんつゆ、ないから、勝手に作る」 「すご、そんなことできんの?」 「まぁ」  そう言って、アキくんがテキパキとお昼ご飯のそうめんを作ってくれる背中を眺めてた。  今日は、一日、ベッドの上かな。 「…………ショートフィルム、仁科たちがファイル送ってくれた。観る?」 「! うんっ、観るっ!」 「じゃあ、食べたら観よう」 「うんっ!」  今日は、一日、アキくんに甘えていようかな。  パソコン画面の中で、「ナオ」が小さく溜め息をつく。今日も頑張ろう。そう思って、長い長い坂道を行く。華奢な背中は強い夏の日差しに負けてしまいそうで、観ていると、なんだか、目で、視線で、その背中を押したくなってくる。 『……はぁ……あっつ』  そう小さく呟いて、顎を伝う汗を手の甲でそっと拭った。 『……ぁ』  ふと、空を見上げたのは、坂道を逆に下りて行こうとする人が、空を指差して、歓声をあげたから。その歓声を上げた人も、就職活動が難航していて、これで何十社目なんだろうっていう面接の帰りだった。頑張りますって必死に言っても、やる気はありますって一生懸命言っても、採用してもらえない。そして不安ばっかり降り積もってく。神頼みで仕事が見つかるならいくらだって土下座するし、いくらでも祈るけど。 『あ!』  そう言って、求職中の彼が虹を見つけた。  その声に、夜職に疲れた彼も顔を上げて虹を見つけた。  そしてそんな夜職の彼の声に、また別の誰かが虹を見つける。  大きな虹を見つけた七人がそれぞれの場所へ、向かっていく。出会ったのは一瞬。しかも虹がなかったら顔を上げずに、通り過ぎてしまうだろう他人。けれど、虹があったから、遭遇した七人。 『……やった』  そう呟いた「ナオ」は、好きな人の名前を今日の予定の欄から、自分を予約してくれたお客の中から見つけた。 『明日の面接受かりますように……』  そう唇をぎゅっと結んだ彼は、新しい履歴書を買いにコンビニへ。  一瞬重なって、すぐにばらけて、それぞれのラッキーや小さな嬉しいことを胸に「明日」へとかけていく。  虹に、少しだけ表情を明るくさせて。 『頑張ろう』  そう、呟いて、虹の下を歩いていく。 「…………わ」 「編集いい感じだった」 「うん! めっちゃくちゃいい感じ!」 「仁科が一番脚本に力入れたっていうやつ」 「あはは、あれね」 「あれ、俺じゃん」  オムニバスだからお話は六つと、ドキュメントが一つ。  そのうちの一つは、長年追いかけていた片想いの相手に会いに行く途中の少年だった。虹を見つけて、告白する勇気をもらえたと、力強く、駅の方へと歩いていった。 「ふふ……アキくんが演者やればよかったじゃん」 「はい? 無理」 「あはは。けど、仁科さんはイケメンで頭も良くて、気も利くのに、どうして俳優科じゃないんだろう、この人、って思ったらしいよ」 「それ、初めて会った時にまず訊かれた」  笑っちゃった。確かに、訊きそう。彼女なら目を輝かせながら、ねぇどうしてですか? って、言いそう。 「俺は麻幌と映画作りたいだけだし」 「……」 「これからも……ずっと」  いいなぁ。本当にそうなったら、最高。 「……ふふ」  夢みたい。  けど、それってすごいことで、奇跡みたいで、おとぎ話みたい。だって、アキくんと映画を一緒に作ってく。  ずっと、ってさ。  ずーっとってことでしょ? 「…………あのさ」 「?」 「お腹空いたって言われたら、三十分で何か作れる」 「? うん」  ピザのデリバリーみたいだね。 「家事全般、問題なくこなす」 「う、ん」 「車の免許もあるし。車はないけど」 「ぁ、うん」  っていうか、学生で車も持ってたら、どんなセレブ? って感じじゃない? 「一晩中、麻幌の映画話に付き合う」  わ。それ最高。あれがすごい、ここがやばい、って二人で話すの、すごく好き。 「だから」  それがずっと、ずーっと続いたら最高。 「一緒に住むのは、どう?」 「……え?」 「飯、作るし。家事やるし、いつか車も買う。映画の話にも付き合うし、一緒に映画も作る」 「……あの」 「だから、一緒に住むのは、どう?」  ほぼ同じことを二回言われた。 「……ぇ」  人生って選択の連続だと思うんだ。  よく占いであるじゃん。占いじゃない、かな。それやると、性格とか、自分はどんなタイプなのか、とかがわかるっていうの。  質問があって二択するやつ。  スタート地点に一個質問があってさ。Aを選んだら、質問五に飛んで、Bを選んだら質問七へ飛んで、また二択の質問に答えてって、それを毎回選んで進んでくと、どっかに辿り着く。行き着いた場所には、貴方はこういう人ですって色々書いてあるやつ。  俺も今までずっとそういう二択の選択肢を選んできて、ここに至ってるんだろうなぁって。  そして、きっと、ずっと、俺はダメな方の選択肢を選んでる。  選んでた。 「あ……っと、えと……」  けど、これはどうなんだろう。  選択肢、一つしかない。 「えと」  アキくんとずっと一緒に。  俺の中で、その選択肢しか、ない。 「あの、はい」 「!」  君と、アキくんとずっと一緒にいる、その選択肢以外、選ぶことはできないから、うん、って頷いた。  アキくんとずっと一緒にいたいから、うん、って頷いて。 「よろしくお願いいします」  そう、答えた。

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