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第79話 恋には羽が
俺たちの作った映画は……まぁ、そこそこ、でした。
シナリオとVFXに関してはとても高評価なコメントをもらえたけど、学生映画の枠を突き破るほどのものにはならなかった。
仁科さんのシナリオはそれぞれのお話の特色を活かして、また、全く別人が書いているかのように、個が成立していると言われてた。VFXは、とにかく虹がすごいって。本当にそこに虹があったみたいな再現力がとても評価されてた。俺の監督作品は、もう一工夫と魅せる技術の向上を目指さないと。
でも。
うん。
そういうシビアな世界なのは充分分かってるし。
そうじゃないと張り合いないし。
九月になって、あの突き刺すみたいに強かった日差しは幾分か和らいで来た。
「…………麻幌、明日、遅番?」
そして、アキくんの「麻幌」呼びも板についてきた頃でもあって。
「え? あー! もうこんな時間じゃん」
「まぁ」
「あぁ、もぉ、ごめん。明日は早番、です!」
「じゃあ、弁当作っとく」
「えっ」
「食堂値上げしたって言ってたじゃん」
「あぁっ!」
「作っとくよ」
「うぅーっ」
「会話」
そう言って笑って、アキくんが明日の朝にご飯が炊けるようにセットしてくれた。
そうなんだよね。最近のこの物価高の影響で食堂のランチが値上げで、ちょっと、節約モードなんだ。チリも積もれば、ナントカ。一日に百円の値上げでも、お財布には痛いわけで。大学生と、フルタイムアルバイト。お金は以前に比べたらやっぱり少ないからさ。
節約、節約。
倉庫の仕事は続けてる。ちょっと最近は新人さんの教育係を任されちゃったりしてる。おかげで時給は五十円上がりました。ありがたい。
「あ、麻幌、これ届いてた」
「? あ、島崎くんのっ」
「招待状?」
「そう。手渡しでいいよって言ったのに、って、なるほど、これがあるからかぁ」
切手が二人の似顔絵になってた。これを見せたくて郵送してくれたのか。
「へぇ、すご」
「ねー、すごい」
島崎くんは結婚が決まって、今、大忙し。この前はドレス選びに付き合ったらしくて、その時に撮った花嫁さんのドレス姿を毎日、お昼休憩にニヤニヤしながら眺めててさ。ちょっとパートさんたちに怪しまれてた。
「アキくん、二次会呼ばれてる」
「へぇ」
「へぇってねぇ。まるで他人事のように」
「……」
ナオは夜職を辞めた。で、経理の仕事してる。オーナーが案外、厳しいんだけどって、不満漏らしてた。セックスの時は優しかったのにぃって。やっぱり、そうだったか。オーナーはお気に入りのセフレをお店のキャストに勧誘してる。
で、そのナオは今、恋人がいて、すっごく楽しそう。夜職してた頃とは違う黒髪がすごく似合ってて。スキンケアは今の方が全然適当らしいけど、なんか前より肌がツヤツヤピカピカで
「麻幌」
「?」
「じゃあ、俺たちの時は、島崎、夫妻、呼ばないと」
「?」
「まだ、今はあれだけど、そのうち。二人で」
「……」
「結婚式」
「え、えぇぇ?」
「新婚旅行は、麻幌の好きな映画の聖地巡礼」
「えっ、めっちゃ行きたい!」
食いつくの、そっち? ってアキくんが笑った。でも、だって、映画の聖地巡礼とか行けるなら最高じゃん。パスポートないし、英語も全然だけど。でも、そこはアキくんがフォローしてくれるだろうから。英語は高校生の頃から苦手だった。いつだったのかわからないけど、英語の点数を視聴覚室で言ったことがあるらしくて。その点数にアキくんは青ざめたらしい。そして、その日の夜から英語の猛勉強を始めたんだって。いつか、海外進出する時には必ず通訳が必要になるからって。
助監督で、専属の通訳。万能すぎるでしょ。
「っていうか、オレたちの結婚式については、俺もいつか言いたかったし」
「!」
「ふふ」
そんな俺のこと一から百どころか丸ごと、全部わかってくれてる人、離れるわけないじゃん。ずっと。ずーっと。永遠に。だから、いつか俺たちも結婚式とかしたいよねって思ってたし。
仁科さんも健二くんも、映画作りに奮闘してる。
俺もさ。いつか、そのうちって言葉をくっつけてしまっていた宝物を今は引っ張り出して、隣にずっと置いてる。一人じゃなく、アキくんとの間に置いて、いつでもどこでも。
「しようね。結婚式」
あ、オーナーは……どうやら繁盛しているそうで。もう一店舗出そうかなとか思ってるらしい。いかがわしくも、楽しきセックスビジネスを。
そして、アキくんは、最近。
「もちろん」
男前がぐんと増して。
「麻幌」
俺は、そう呼ばれちゃうだけで世界一の幸せ者ですと思ってたりする。
「明日の弁当の準備はしたし。今日の勉強はここまでで大丈夫ってことだったし」
「え? あっ」
「麻幌」
あ、あと。
「えとっ、あのっ、今日、少し帰ってきたの遅かったでしょ?」
「?」
「んで、アキくん、リゾット作ってくれてて、俺もお腹ぺこぺこでその、あのさ」
「……」
「ま、まだ準備してないっ」
「……」
「セッ……クス……の」
あと、アキくんの絶倫は、「愛」も変わらず、です。
「い、いつもは準備しとくの。その、習慣になってるし、前の仕事の、で、その準備してあるんだけど。今日は、とりあえず、先にご飯食べちゃおうって、思って」
「……」
「準備してきます! しばしっ」
「する」
「へ?」
「準備」
……いや…………いやいや。そのあの、けっこう色々段階がありまして、男同士というのは、色々大変でして。その、えっと。
「俺がやりたい。麻幌の準備」
「ひゃへっ! いや、それはっ、ちょっとっ」
「なんで」
「なんでって」
だって、もうそういう準備は煩わしい、早く気持ちいことしようよ、っていうセックスしかしてなかったから、その、誰かにしてもらうってなくて。
だから照れ臭いし、恥ずかしいし、困っちゃうし。
「する。教えて。麻幌の準備覚えるから」
「えぇっ、いいよっ、本当に」
「ほら、行こう」
「わっ、ちょっ、ね、アキくん。その、俺を担ぐクセなくしてよ」
「?」
「すぐに俺のこと担ぐのっ」
セックスの準備なんて煩わしい、どころか、嬉しそうにしないでよ。
ねぇ、ねぇってば。
「ちょおおおおっ」
みんな、元気。
「アキくんってばっ」
恋には、羽が生えてると思う
パタパタと、石ころばかりの地面から飛んでいくことのできる羽を。どこまでも広がる青い空へと羽ばたくことのできる羽を持っていると思う。
俺をあの溜め息が溢れる夜から、こんな清々しく楽しく明るい場所まで連れてきてくれた。
ナオをネオンの輝く場所から、こぼれる素顔の笑みが眩しく輝く場所へ連れて行ってくれた。
恋をする、というのは羽が生えたかのように日々を軽やかにしてくれる。
恋をする、ということは。
「アキくんっ」
恋をするということは――。
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