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愛になるまで編 4 恋ってやつは、一生懸命で
準備は自分でするもんって、なんていうか身体に染み付いちゃったっていうか。
だってさ、セックスを仕事にする前、恋愛なんてしなくてもセックスが充分気持ちいいって思えてた頃、相手もいつも言ってたし。
――もう準備してあんの? エッロ。
とか言って喜ばれたし。
――あ、準備とかした?
って訊かれて、ううんって答えれば、あー……、って微妙な間があったし。
うんって答えたら、やっぱニコッと微笑まれちゃうし。
まぁ、そういう相手しかいなかったっていう、俺の男運が悪いだけなのかもしれないけど。
だから、やっぱ、準備ってさ。
「あ、せっかく準備してきたのに忘れた。伝票」
「!」
「? 麻幌さん?」
「あ、ううんっ。ごめん」
びっくりした。
あ、はい。配送の「準備」のことですよね。あはは。
島崎くんはなんのことでしょう? って不思議そうに首を傾げながら、運転席に乗り込んだ。今日は配送担当。もうこの仕事も慣れたもので配送でヘットヘトになってた頃が懐かしいというか。あ、いや、今も全然ヘトヘトにはなるんだけど。
「指輪、輝いてますねぇ」
「……まぁ」
島崎くんがちらっとハンドルを握る自身の手を見つめて、それから、ちょっとはにかんだりしながら、嬉しそうに頷いてる。
「って、陽野さんとこもじゃないすか?」
「は、はい?」
「この前、弁当、嬉しそうに食べてた」
「!」
「陽野さんが苦手だっつってた、カリフラワーが入ってたのに」
「! な、なんっ」
「苦手なもの、フツー、自分で作る弁当に入れないっすよね」
それは、まぁ。
「嬉しそうに食べてたし」
だって、まぁ。
「愛妻弁当」
「!」
アキくんが、作ってれたんで。
――今日、めちゃくちゃ忙しいって言ってたから、焼肉弁当。野菜もたっぷり入れたから、できるだけ全部食べて。
フツーに全部食べるし。フツーに美味しかったし。
カリフラワーはなんか食べず嫌いで苦手なだけ。だって、白いってさ、なんていうか栄養なさそうじゃん? それならブロッコリーの方がお得な気がしない? ってだけで。別に、苦手じゃないし。それにアキくんが作ってくれたカリフラワーとベーコンのサラダ、美味しかったし。料理美味くて、顔良くて、スタイル良くて、なんかズルくない?
――カリフラワーの方がビタミンCがあるから。
そんなことまで気にしてお弁当作る彼氏とかさ。満点すぎて。
「いいじゃないすか。お互いラブラブってことで」
「! しっ、島崎くんってそういうの言うキャラだっけ?」
「新婚なんで浮かれてるんです」
「は、はぁ、あああ、そうですかっ」
本当に第一印象とまるで違っているあたりが「浮かれてる」証明ですねって、くすぐったさに、変な顔をしながら前を向いた。
「…………島崎くんとこってさ、夫婦で、なんていうかさ、愚痴とかないの?」
「?」
「あ、いや、その、まぁ」
「ありますよ。結婚式したからすっからかんだし。こっから節約しないとって、今、頑張ってる最中で」
「そっ……か」
「一緒に仕事してる陽野さんに言うのもアレなんすけど」
「?」
けっこう喋るんだよね。島崎くんって。
「この仕事って別に儲からないし。もっと給料良い奴もたくさんいるじゃないっすか」
「……まぁ」
そう思う。配送なんてさ、倉庫での在庫管理なんてさ、やらないと困る人がたくさんいるのに、ふと、今日、俺の勤めてる工場がピタッっとフリーズしちゃったら、ものすごい数の人が困るはずなのに。ちっとも給料は高くない。いわゆるホワイトカラーと呼ばれる仕事をしている人の方がたくさんもらっている。もちろん、そのホワイトカラーの仕事がなくて良いってわけじゃないけど。それと同じように仕事をしている。汗水垂らして。
「給料少なくてごめんって思うし」
「……」
「他の奴とだったらもっと楽な生活できたんだろうし」
「!」
それは、まるで俺みたい。
内容は全然違うし、ジャンルだって全然違うけど。
俺とじゃなかったらもっと楽だったりするんだろうなって、どうしても思っちゃって。
「けど、それ言うと、めちゃくちゃ怒るんです」
「お嫁さん?」
「っす」
島崎くんが苦笑いをこぼした。
「お金持ちと暮らしたいんじゃないって」
「……」
「なんで、仕事、頑張らないとっす。そんなこと言って美味い弁当作ってくれる嫁さんは大事にしないとなんで」
「……島崎くんってさ」
「?」
「良い子だよね」
「は、はいっ? なんすかそれ」
「いや、日本にこんな素直な青年もいるんだなぁって」
「なに言ってるんすか?」
だって、夜職してると、なんというか日本の裏側ばかりを見かけることが多かったから。そんな表側にいそうな、健やかに育った好青年は、セックスを、人をお金で買わないでしょ? やっぱり。
イヤイヤでやったわけじゃない。誘ってもらったけれど、入るのは自分で決めた。自分で決めた仕事、だけど。それでも、裏側ばかりを見せられるのは、たまに気持ちを曇り空の色にさせてしまった。
「頑張れ、愛妻家」
「っす」
「あはは、照れないんだ」
「愛妻家なんで」
そう言って、前を向いた島崎くんの左手薬指に光る指輪はピカピカツルツルで、冬の日差しに反射して輝いていた。
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