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愛になるまで編  7 恋ってやつは、我儘で

 アキくんは席を移動してからずっと隣にいた。仁科さんにからかわれながら、隣でずっと映画の話をしてた。  俺が知ってる映画、知らない映画、いろんな話が飛び交うのがなんか懐かしくて、高校生の時を思い出してた。  ただ、違ってるのは、あの時は、視聴覚室の端に座っていたアキくんが、今、隣にいること。  くすぐったいくらいの恋愛を俺がしていること。  好きな人が隣いるだけで感じる幸福感を今は味わってること。  あのとっても美人な子の隣を抜け出して来てくれたの、嬉しかったなぁ。  優越感、なんてものはないよ。  ただ、アキくんのこと横取りされなくて済んだのは、やっぱりすごく嬉しくてさ――。 「おっと……」  ちょっとお酒飲みすぎたかもしれない。  そろそろ会はお開き。二次会にみんなは行くだろうけど、俺は……。  アキくん行くかな。けっこうみんなに、来るんだろ? って引き止められてたけど。俺は流石に二次会は行かないかなぁ、っていうか、酔っちゃってるし。  できることならアキくんも一緒に帰ったりしないかなぁ。 「陽野くんに似合わなくないですか?」  そんなことを考えながらトイレから出てきたところで、背中に棘混じりの声が投げつけられた。 「すいませんけど」  アルコールで少しふらつきながら部屋に戻ろうとしたところで、彼女に会った。  俳優科の、彼女。 「風俗、やってたくせに」  まぁ、知ってる人もいると思うよ。  数年経ってるけど、その噂は確かにあったし、実際に、そういうところで働いてたし。 「身体、売ってたくせに」  すごく直球で投げつけれた嫌悪感は清々しかった。  彼女にしてみたら嫌いな部類の人間なんだろうな。  芸能関係なら尚更。  事実かはわからないけど、仕事を身体を使って得る人もいるとか聞くし。妬み混じりの嘘かもしれないけどさ。大学在籍中にテレビ出演とかして、卒業を待たずにデビューした子にそういう噂があったりもしたから。ちゃんと演技で頑張ってる人にはそういうの嫌いだろうし。 「それで芝くんの恋人って、ふさわしくないと思いませんか?」  映画の学校で頑張ってるアキくんと、夜にたくさんの男と寝てお金を稼いでた俺。  そうだよねって思ってた、と思う。  前の俺だったら、これ言われて、何も言い返せないし、ぐらっと揺れた。  かもしれない、じゃなくて、きっとそう。  前の、アキくんが俺を見つけてくれる前の俺だったら。  どこかで誰かと付き合うことになって、その誰かとの関係をこうして否定されたら、うん、そうだねって思って、グラグラと、倒れちゃいそうなくらいに揺れてたと思う。  でも、アキくんだから。 「思わないよ」 「!」  けど、今は思わない。  アキくんとだから揺れたりしないし、折れない。 「ふさわしくないと思わないし」  自分の身体をキレイだとは思ってない。けど、汚いとも思ってない。  あの仕事をしてなかったらアキくんが俺を見つけてくれなかったのなら、俺はあの仕事で良かったって思っちゃうんだ。そのくらい、アキくんに出会えるのならなんでもオッケーって思ってる。どんな回り道でも、どんなルートでも、いつかアキくんに出会えれば全部オッケーって。 「似合う似合わないはわかんないけど」  綺麗な彼女はものすごい目力で俺を睨みつけてた。  そりゃそうだと思う。だって、アキくんの隣が似合うと思うよ。美男美女で、映画の学校に通ってるくらいだから趣味も一緒で。同じ業界でお互いに頑張っていく、なんてすごく素敵なカップルだと思うし。 「アキくんのこと大好きだな、と思ってる」 「そんっ」 「色々間違えたりしたけど」  選択肢をいくつも間違えたと思うけど。 「でも、結果的には幸せになれたから、全部、良かったって思ってる」 「!」 「ごめんね。二次会行くんでしょ?」  綺麗な彼女は二次会に何度も誘われてた。やっぱ俳優科っていうだけあって、惹きつけるものがあるんだろうな。綺麗なだけじゃなれない仕事だから。 「アキくんは……」  行くのかな。行きたいのかな。俺も一緒に行こうよって言われるかな。でも、もう帰りたいなぁって思った。 「連れて帰っちゃうけど」  だから、持って帰ろうと思いますって、綺麗な彼女に頭を下げた。  びっくりした顔してた。はぁ? って顔、だった。  でも、それを気にすることなく、臆することもなく、アキくんのいる部屋まで戻っていく。  きっともっと悲壮感とかあると思ったんだろうな、彼女。あんな仕事しててすみませんって思うでしょって。 「アキくん」 「? 麻幌、みんな二次会行くらしい」 「うん」  テーブルに戻ると仁科さんがみんなから徴収したお金を計算してるところだった。健二くんがそれをのんびりと見守ってる。  そして、他の子たちはまだ映画の話をしながら、分厚いコートを膝の上に置いて、出る準備を進めてた。 「うちらは……」 「行く? 二次会」  ちょっとだけ小さな声で。ちょっとだけ、アキくんの服をテーブルの下で引っ張って。 「帰ったりとか……しませんか?」  君をお持ち帰りしたいんですけどって、こっそりと呟いた。

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