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第2話
うるさい目覚ましを止めると、俺はもう一度布団を被り直した。
今日は朝イチから会議があって、早く起きなくちゃ遅刻するし、遅刻したら上司に怒られるけど……それがどうした!?
俺はずっとここにいる。もう会社にはいかない。会社なんてキツくて辛いことばっかりで……。
「行きたくないっ!! 行きたくないよぅゥゥゥゥ!!!!」
ダダをこねる俺に、さっき止めた目覚ましのアラームが再び鳴り響く。センサーで俺がベッドから出るまでは止まらないように親友が勝手に改造したせいだ。アイツはいつだって余計なことをする。
「…………うう」
ベッドから追い出された俺は洗面所へ。今日も朝からいやな雨だ。一人暮らしのワンルームは、梅雨のどんよりとした空気が充満してる。
顔を洗い、出勤用のスーツに着替えた。鏡に映るのは、顔色の冴えない童顔の男。社会人も二年目なのに、童顔のせいで全然スーツが似合ってない。
「…………。はぁぁ…………」
行きたくないけど行かないと遅刻する。今が電車が一番混む時間帯で、よく痴漢にあうけど今日は大丈夫かな。
俺の尻を触った知らないおじさんの顔と手のひらの感触を思い出して、ぶわっと鳥肌が立った。
「くそっ」
痴漢なんて死んでしまえ!! ああいう奴がいるから、真面目に恋してる俺の肩身まで狭くなるんだ────。
俺、木原 透(きはら とおる)は2年前に有名大学を出て、大手化学メーカーに就職した。
内定が出たときは、一流企業の正社員になれたことに大満足だった。
しかし、上手く行ったのはここまで。
法学部卒で法務部希望だったのに、全く向いてない営業部に配属され、毎日残業の社畜の日々が始まった。同じように希望が通らずに営業部に来た同僚と励まし合ううちに、俺はその同僚を好きになってしまった。
必ず同性を好きになる俺にとって、告白するときはフラれるのは覚悟の上だ。だが同僚は俺をふっただけでなく、俺がしつこく言い寄ったと、あらぬことをいいふらして他の部署に異動していった。
以来、俺は会社で一人ぼっち。上司にはイヤミばかり言われてる。
いっそ俺が辞表を出していなくなれば、みんなせいせいすることだろう。
だが俺はなんの取り柄もなく、有名私立の幼稚舎から大学へとエスカレーター式に進学して新卒で今の会社に入った人間だ。つまり、ここで辞めてしまうとそう簡単に次の仕事に就けるわけもなく、ニートになって、必死の思いで学費を捻出してくれた両親に親不孝する事になってしまう。
だから俺はどんなにイヤでも我慢して、出勤するしかないんだ。
準備を終え、最後につけっぱなしのテレビを消すため振り返った。今日から同性婚がスタートすると、美人アナウンサーが朗らかに伝えていた。
同性婚……。嫉妬なのか胸がチクッと痛む。
法案が通った時は、俺も結婚を夢見て浮かれたけど、よく考えてみればフラれてばかりの俺なんかには無縁の話だった。
さっさと消してしまえ。手元のリモコンをかざす。電源ボタンが指に触れる寸前で画面が切り替わった。
『特集・婚活最前線! 同性婚スタートで、婚活も新時代へ突入です!』
手からリモコンが滑り落ち、床で大きな音がなった。だが俺はそんなことよりも、テレビ画面に食い入っていた。
────これだ! これしかない! 俺も婚活して、誰かいい男性と結婚するんだ!!
目指すは誰もが羨むような玉の輿。そうなれば専業主夫として会社も辞めれて、両親も喜ばせられて、これからの人生がラブラブ結婚生活と良いこと尽くし!!
そうと決まれば善は急げ。俺はスーツの胸ポケットからスマホを取り出し、同性婚を扱っている結婚相談所に登録した。
希望は年収1500万以上の男性で俺を専業主夫にしてくれる人、これだけ。出勤前なので慌ただしくプロフィールを埋め、自撮りの写真を掲載した。
誰か一人でも、声をかけてくれると良いな。
淡い期待を抱いて家を出た。────が、異常事態発生。出勤中の電車の中で、怖くなるくらいじゃんじゃん申し込みメッセージが届き始めた。そして一日中途切れることがないまま、23時過ぎに残業から帰宅した頃には、件数は100通を超えていた。
まさかこんな事になるなんて。
応募者の数が多すぎて、見ても見ても終わらない。いままでフラレてばかりだったけど、この世に俺の事を良いと思ってくれる男性がこんなにいたんだ……。嬉しくて涙まで出てきた。
こうなったら、今年中に結婚が目標だ!
今日が金曜で良かった。明け方、俺はへとへとになって寝た。
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