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第12話

 週明けの月曜日。  多くの社会人にとって憂鬱な日も、フリーターで、たまの短期バイトで生活する誘にとっては土日となんら変わらない。  小さくあくびする誘は、恵比寿の一流ホテルのラウンジにいた。美しい庭園が望む窓からは午後のうららかな日差し。ピアノの生演奏も心地よい。おかげで若干眠くなる中、ゆったりと上品な模様のティーカップに指をかけ、熱いコーヒーをすすっていた。  通路を挟んだ隣のテーブルでは、スーツを着た男性が、外国人相手に熱心に商談を進めている。  透も今頃は仕事中か。  週末に訪ねてきて、会社に行きたくないと泣いた赤い顔が脳裏に浮かぶ。  透が誰かと結婚するなら自分がらと手を挙げてみたものの。お坊っちゃま育ちで理想が高い透に、フリーターなんかイヤだと鼻であしらわれてしまった。このまま引く気はないが、透の条件である年収1500万は、今のバイトではいくつ掛け持ちしようと全然足りない。  いつの間にか空になったカップをソーサーに戻し、誘はあたりを見回した。誘をここに呼び出した、8つ年上の従兄弟・雨宮 清一郎(あまみや せいいちろう)は、急な仕事で遅れており、かれこれ二時間以上待っている。  何時間かかろうが気長に待つしかない。清一郎は頼まれると断れない人柄で、こんな風に待ちぼうけを喰らわされることはよくあるが、誘はその優しい性格を好んでいるし、用件である『急ぎで伝えたい、よい報告』が気になる。なにより、この超一流ホテルのコーヒーは一杯二千円もして、誘には払えない。  仕方なくスマホでバイト紹介サイトなどを見て時間を潰していた。 「────あ」  庭園の向こうからホテルの敷地に入ってくる見覚えのある高級スポーツカーが見えた。やっと来た。  しばらく待つと正面口から、スーツを身にまとった、背の高い男性がロビーに入ってきた。ラウンジの窓辺にいる誘からはまだ遠いが、歩いてこちらにやって来る彼は明らかに人目を引いていた。  いつものことではある。まず彼は誰よりも背が高くて、足も長い。体つきはたくましく、上等なスーツが良く似合う。顔立ちはとびきり甘く、口元は優しい微笑みで固定されている。それに加えて、今日はその胸に、どういうわけか大輪の赤い薔薇の花束を抱えていた。  赤い絨毯を踏みしめて、一直線にこちらに向かってくる姿はまるで映画のワンシーンだ。そして周りの視線を集めるだけ集めて、誘の前で止まった。 「ごめんね誘くん! ちょっとだけ部下の相談に乗るつもりが、こんなに遅くになっちゃって!!」  威風堂々の姿から一転、泣きべそをかく清一郎に、 「そんなの全然いーよ、お仕事お疲れ様!」  誘はひらひらと手を振り返す。そんなことよりも、花束が気になった。 「清一郎くん、これどうしたの? めちゃくちゃ目立ってるんですけど」  キラキラと光を反射して輝くラッピングペーパーの中に薔薇がぎっしり詰まっている。おそらく100本ほどあるんじゃないだろうか。体格のよい清一郎だから軽々持っていられるが、ずっしりと重たそうだ。  ほんのりと甘い香りがするその花束は、誘に差し出された。 「どうぞ!」 「……は?? 俺に?」  怪訝な顔で尋ねる誘に、清一郎はまたもや満面の笑みを向けてくる。誘は困惑しながら両手で受け取った。  これまでも清一郎はよく物をくれた。  子供の頃は服やおもちゃのお下がり、学生時代は読み終わった本、大人になってからは海外出張のお土産など。誘がまだ小学生の時は多忙な誘の両親に代わり授業参観に来た事もある。  でもさすがに花束なんか無かった。もちろん今日は誘の誕生日でもなんでもない。全く意味不明だ。

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