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第13話

 清一郎の右手がさっと誘に向けられた。 「思った通り美しい! とてもお似合いです!」  これはボケてるのか……?? 戸惑いながら清一郎を眺める。もしこれが透のボケだったらきっちりノらないと怒られる。そう考えて、疑問をいったん飲み込んで、合いの手を入れてみた。 「それはどうもありがとうございます! 光栄のいたりです!」 「…………」  清一郎は静かに微笑んだだけだった。 「……うーん……、清一郎くんは元気そうに見えて、いま実は高熱があるとか?」 「そんなことはありません。少々緊張していますが、どうかお気になさらず」 「そうかぁ……?」  とりあえず周囲からの視線が痛い。誘は分かったとうなずいて、立ったままの清一郎を座らせた。  見守っていたのであろうウエイターがすかさずやって来て、清一郎はブレンドコーヒーを頼んだ。誘はもう見るのも嫌だ。 「本日はお忙しい中、僕と会っていただいてありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします」  ウェイターが去るなり、深く頭を下げてくる清一郎。 「こちらこそ……って、ねえ清一郎くん……。お仕事モードがまだ抜けてないのかな? さっきからマジで変だよ??」  清一郎が年下の誘にも、なんなら赤ん坊が相手でも敬語で話すのは昔からだが、今日の態度はバカ丁寧すぎる。視線もどこか遠い。まるで誘の向こうに違う誰かを見ているみたいだ。来る途中で頭でも打ったか? それなら今すぐ病院に連れて行かないと。  運ばれてきたコーヒーをゆったりと味わっている清一郎。誘は本気で心配してその様子を慎重に伺っていた。 「それでは誘くん。僕の話を聞いていただけますか」 「う、ウン……」  改めて切り出され、誘は猫背の背筋を正した。若干緊張したものの、真正面にいる清一郎は頬を紅く染めている。  そして急に早口になった。 「突然ですけど僕、このたび結婚することになりました!!」 「ヘぇっ!? そーなの!?」 「そうなんです!!」  驚く誘に、清一郎が胸を張ってみせる。  心の底から意外だった。清一郎の到着を待っている間、誘は暇潰しに清一郎の「良い報告」を当ててやろうとあれこれ想像し、百個くらい思い付いた。だが清一郎に限って『結婚』は無いだろうと思っていた。  立ってるだけで女性の気を引く清一郎だが、その名の通り、清く正しく美しく。勉学と仕事、スポーツに打ち込んでばかりで、女性の話を聞いたことがない。  清一郎は、幼い頃から真面目だった。小中高と私立のトップ校の生徒会長を経て東大現役合格。続いて司法試験と国家公務員試験にも合格し、国政に参加したいと総務省に入った。清一郎は学業だけでなく実務でも有能で、体力もあった。  あっという間に、霞が関でその名を知らない者はいないというほどのエース官僚へ。その上ルックスも抜群ときて、政界・財界のお嬢様のハートを射止めまくり、婿養子の誘いが無数に来たそうだ。だが肝心の清一郎はその盛り上りをよそに「一生結婚する気はない」と全てを断ったと誘は聞いている。  清一郎が仕事に邁進する中、大学を卒業した誘は、父に絶縁を宣言し家を出た。  父は連れ戻しに来たが、誘は従わず、長く激しい親子喧嘩になった。それを見かねた清一郎が国家公務員を辞めて、誘の代わりに、「雨宮法律事務所」を引き受けたのが去年のこと。すでに養子縁組も済ませているため、誘と清一郎は正式には従兄弟ではなく、義理の兄弟だ。  それからの清一郎は、跡取りとして仕事に勉強にと寝る暇もない、女性の影はもっとないようだったのに、まさかゴールインとは──。  誘は両手を出す。同じく清一郎が両手を出し、二人はしっかと握り合った。 「清一郎くん、結婚オメデトーーー!!」 「ありがとう~っ!!!!」  清一郎が立ち上がり、テーブル越しに抱きついてきた。誘も応じる。二人の性格は真面目と奔放で正反対なのに、幼い頃からまるで本当の兄弟のように気が合う特別な存在だった。

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