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第14話

「──それで、清一郎くんのフィアンセはどんな人なの?」  興味津々に尋ねる誘。最初は名前を聞いたが、それは会う日まで教えてくれないそうだ。いつになく頑なな清一郎に、誘は諦めて質問を変えた。 「大人っぽい美人? それともかわいい系かな? 性格は? 明るいタイプ? 大人しいタイプ?」 「フフッ。それがね、もう、天使そのものですね」  答える清一郎はデレデレとして、いつもの凛々しさは見る影もない。 「え~と、それは可愛いってこと? それともすごく優しいのかな?」 「だから、天使」  もっと具体的に話してよと怒ってみても、清一郎からはこの答えしか返ってこなかった。 「天使というほかありません。初めてその瞳を見たとき、本当に僕の胸に矢が刺さった。雷に打たれたような衝撃で、生まれて初めて運命というものを感じました。僕は天使と結婚するんです!!」 「そうなんだ~~?」  首をかしげる誘の前で、「僕の天使……」と清一郎はうっとり目を閉じて喜びに浸っている。中学生男子並みに浮かれた姿。これが初恋と見て間違いない。 「もしも~し、清一郎くん? 聞こえてますかぁ??」  誘が頬をツンツンしても、清一郎は戻ってきてくれない。  (天使ねえ~??)  誘の頭の中には白く輝く天使像が浮かんでいた。中学生のころ父に連れていってもらったメトロポリタン美術館で見上げたあの彫像は、たしかに美しかった。美術を愛する清一郎があまりの美しさに感激し、膝まづいて愛を誓うのも理解できなくはない──。 「なに馬鹿なことを言ってるんですか。あのね、天使ってそんな直接的な意味じゃありませんよ」  清一郎に心外だという顔をされたので、誘も唇を尖らせて言い返した。 「じゃあ聞くけど、清一郎くんの天使は何歳?」 「24歳です」  やっと期待したような答えが返ってきた。しかも24歳とは、偶然にも誘と同い年だ。 「じゃあえーっと……趣味は?」 「ゲームとラーメンの食べ歩きだそうです」 「へー! なんかいいね!」  天使にしては庶民的。それにゲームとラーメンなら、誘も透に付き合って相当詳しいから、話が合いそうだ。一気に清一郎の天使に親近感がわいた。 「あと、ゴルフもお好きですが、スコアが伸びないのが悩みだそうです。だから今度顔合わせがてら、三人でコースに出たいなって思ってるんですがどうですか? 上達するように教えてあげたいので手伝って」 「もっちろん、協力するよ! ゴルフ最近やってなかったから練習しとこっと」  誘は諸手を上げて歓迎する。誘のために、生きがいだった仕事を辞め、雨宮法律事務所を引き受けてくれた清一郎には、返しても返しきれない恩がある。 「清一郎くんが言ってた頼みごとってこれだけ? 他になんか無いの、なんでもやるよ~?」 「ありがとうございます。──実は、こちらを用意してきました」  誘からの催促を受けて、清一郎がスッと一枚の紙をテーブルの上に滑らせた。誘は向けられたそれを手に取って見る。タイトルは『初デート予行表』 「誘くんはこれまでデートはしたことありますか?」 「そりゃモチロンあるけど……」  誘はうなずく。誘も清一郎ほどではないが、女の子にモテる。最近は金もないし面倒なので断ってばかりだが、親から潤沢な小遣いが送られていた学生時代は、基本的に誘われたら誰とでも遊びに行ったから数えきれないくらいデートしている。  清一郎の眼が光る。 「成功しました?」 「まあそれなりに、楽しんで貰えたと思うけど……?」  正直なところ、誰とどんなデートをしたかは、もうほとんど覚えていない。でもたしかかなりの確率で別れ際にホテルに誘われていた。もしその日の誘がイマイチだったら、女の子はそんなことをしないはずだ。合格だったと考えて良いだろう。 「さすが誘くん。僕の知る限り一番モテる男です」 「へへっ、清一郎くんにそう言われると照れるなぁ~。別にフツーだよ」 「本日は、そのテクニックを教えていただきたくて。なにしろ僕にはデートの経験が一度もありませんので」 「え!? そうなの?」  清一郎が子供のようにこくんとうなずく。女性に対する態度から、なんとなく童貞だろうとは思っていた。しかしまさかデートも未経験とは。どうやって結婚を決めたのだろう。それもすごく清一郎らしいけど……。  そんなことを思いながら、誘は清一郎の予行表にざっと目を通していく。  まずは、『13時 恵比寿帝国一番ホテルで待ち合わせ』  清一郎の遅刻で2時間以上遅れたが、元々の指定はこの通りだった。  その次は、『薔薇の花束を進呈』 「そういうことかぁ~」  思わず声をあげた。その薔薇の花束は大きすぎて置き場が無くて、今誘の膝の上で窮屈そうにしている。  つまり清一郎は自分を天使に見立てて、予行練習していたわけだ。頭がおかしくなったかと本気で心配して損した。 「誘くんは奇遇にも僕の天使と同じ年齢ですから、年上の僕よりも、天使と価値観がずっと近いはずです。これから僕の初デートプランに同行していただいて、ダメなところや物足りないところなどあれば、遠慮なく指摘をお願いします」 「オーケー、オーケー!!」  誘はバイトの工事現場で親方に指示を貰ったときのように、人差し指と親指で丸を作って見せた。 「それなら俺、自分が天使ちゃんになった気持ちでバシバシ厳しく行っちゃうね! まず、分かってると思うけど、本番では遅刻は絶対ダメ。俺は好きな子とのデートで絶対遅刻なんかしない!! 本当に好きなら、何があろうと最優先だよ!!」 「肝に命じます」  清一郎が真顔でうなずいた。 「──それでは、雑談予定の30分が過ぎましたので行きましょうか。次は僕の車で銀座に出て、ジュエリー店にて婚約指輪を選びます。その後はご希望のお店でディナーを」 「天使ちゃんはデートでもラーメンがいいのかな。でも俺、ラーメン好きに付き合って、最近はちょっと食べ飽きててさ。せっかくご馳走になるなら寿司がいいな~」 「いいですよ、授業料としてなんでもどうぞ。さあ、こちらへ」  席を立った清一郎が、誘の方へ回り、すっと手を差し出した。デートの経験はなくともエスコートは完璧だ。 「レッツ・ゴー!」  誘ははりきってその手を取った。

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