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第20話

「鶴矢さんはよくここに来るんですか? 店長さんとも親しいんですね」  店長さんの好意でシャンパンの次にワインまで届いて、鶴矢さんがグラスに注いでくれる。美味しいけど、俺はあんまり強くないからほどほどにしないとな……。 「ええ、週末によく」 「それってもしかして、彼女とデートですか?」  聞いてから、あ~~なんでわざわざ聞いちゃったのかと内心自分を呪った。絶対そうに決まってる。きっと美人なんだろうな。 「いいえ、彼女なんかいませんよ、仕事です」 「仕事ですか!」  彼女はいないんだ! いや、ただの顧客の俺にとって、鶴矢さんに彼女がいてもいなくても関係ないんだけど……。  じっと顔を見られた。 「ずいぶん嬉しそうですね?」  慌てて口もとを押さえた。 「まっ、まさか、違いますよ! 参考に聞いただけ!」 「ふぅん、そうですか」  必死の否定も虚しく、疑いの視線が注がれる。  気をつけなくては。俺が鶴矢さんに好意を持ってると知られるのは、絶対に鶴矢さんにとって迷惑でしかないんだから。 「俺は……ええと、鶴矢さんがここでどんなお仕事してるのかなって思って……」  ちょうどよく質問が思い付いて良かった。  しかも、鶴矢さんからも、 「よくぞ聞いてくれました!」  と褒められたので二重に嬉しい。 「こちらをどうぞ!」  鶴矢さんから一冊のパンフレットを渡され、俺は訳も分からず受け取った。 「差し上げますのでじっくりご覧ください」 「どうも……」  薄いブルーに色とりどりのバラ模様の表紙を見つめる。タイトルは、  ~~美食レストランpuitsで、愛の溢れる最高のウエディングを~~  胸を張った鶴矢さんが意気揚々、俺に教えてくれた。 「実はこのpuitsは我がエトワールが念願のウエディング事業・第一号として、4月にオープンしたばかりのウエディング・レストランなんです!」 「えっ、じゃあ、鶴矢さんはウエディングも担当してるんですか?」 「はい!」  うなずく鶴矢さん。本当に、いつ休んでるの?  だが、俺の心配など吹き飛ばすくらい、鶴矢さんの眼は輝いている。 「レストランとしての営業は平日のみ、土日祝日は一組だけの完全貸切でウエディングパーティーを執り行っています。すでに十組以上のカップルが式を挙げ、うち同性婚は二組です。エトワール専用ではなく、どなたでもご利用いただけますが、エグゼクティブ会員さまのお式ですと、総額から三割引と大変お得です!」 「なるほど……それなら、俺も対象ってことですね」  つまり、婚活の相談に式場の紹介も兼ねてここに連れてきてくれたわけだ。 「………………」  まあ、そうでもなきゃ、俺と二人きりで過ごすのにこんな素敵なお店を選んでくれるわけないか。食事代も、経費で落とすつもりだったりして。 「こちら、実際のお写真をご覧ください!」  拗ねたくなってる俺に、鶴矢さんは次々とページをめくっていく。  キラキラ輝く、先輩カップルの写真に、すぐに夢中になった。  一日一組限定だから、俺の愛する人と大好きな人だけのパーティー。万が一にも同性婚という理由で他人から冷ややかな視線を浴びることもない。  お料理の味は確認済みだ。ゲストが喜ぶ写真映えもバッチリ。  それに、シェフが二人の愛をイメージして作るオリジナルデザートがとっても素敵。結婚後も来店すれば二人のために作ってくれるなんて、一生の記念になるだろう。 「……いいなぁ……」  心の底からため息がでた。 「どうでしょうか。気に入っていただけました?」  もちろん、気に入らないわけがない。 「おかげで、目標がひとつできました」  俺もpuitsで大好きな人と素敵なウエディングをする!! 「結婚が決まったら、ぜひ予約をいれさせてください!」 「ありがとうございます! それでは、今すぐご予約を!!」 「へっ!?」  予約!? 耳を疑っているうちに、鶴矢さんはチャチャっとタブレットを取り出し、 「こちらをご覧ください!」  と契約書を俺の目の前に突きつけた。 「透くんの誕生日は11月22日ですね。今年はちょうど土曜日の大安で、しかも語呂合わせで「いい夫婦の日」でもあります。一般的に人気が高くなかなか予約の取れないお日にちですが、puitsならまだ空いています! 素晴らしいバースデーウエディングになることをお約束しますので、ぜひ今すぐご予約をお願いいたします!」  パッと画面が切り替わり、予約票にサインして下さいとタッチペンを渡される。    冷や汗が出てきた。 「あのでも……バースデーウエディングはたしかに憧れますけど、相手がまだ決まってないんですが……」 「おっしゃる通りですが、なにもご心配はいりません!」  鶴矢さんはさらにタブレットを俺に近づける。 「私の名前で予約しますので、万が一、当日ウエディングが行われなくても、透くんにキャンセル料の請求などのご迷惑は一切かかりません!」  そんな条件、鶴矢さんに不利しかないじゃないか。 「なんで鶴矢さんがそこまでするんですか?」 「それは…………」  鶴矢さんは答えない。その代わり、悲しげな表情を俺にむける。まるで、雨に濡れた子犬が寒さに震えながら助けて欲しいとすがるような眼だ。それでピンときた。  もしかして……会社から厳しいノルマを与えられてるの?  結婚相談所・エトワールは、設立3年目で急成長中のベンチャー企業で、現在は都内だけの営業だが、今年の同性婚解禁の勢いにのって近々全国に進出するという急成長中の会社だ。その影で社員に厳しいノルマが課せられているなんて、想像に難くない。  俺自身は扱っている接着剤が黙っていても売れるため、そこは気楽ではあるものの、証券会社に就職した同級生が、厳しいノルマに耐えかねて1年で転職したと聞いているため、その厳しさはなんとなく分かる。  もし鶴矢さんがエトワールを辞めてしまったら、きっと二度と会えない。  タッチペンを持つ手が揺れた。 「俺なんかが鶴矢さんの助けになれるなら……。で、でも本当にキャンセルになるかも……」  俺の誕生日まで大体あと半年。  俺は本当に結婚できる? 今までの人生ずっとフラれてきた俺が誰もが羨むセレブと?  結婚できなかったら、俺のせいで鶴矢さんに多額のキャンセル料を払わせてしまう。  考えれば考えるほど、自信がなくなっていく。 「ご心配いりません!」  泣きべそをかいた俺を励ますように、鶴矢さんの手が俺の手に重なった。 「すべて私が責任を取ります! どんと任せてください!」 「はい……」  思わずうなずいてしまった。  俺の胸ポケットでスマホが鳴った。送信元は鶴矢さんで電子契約書の控えだった。は、早い。  ──  ウエディングレストラン puits 貸切予約  日程・20**年11月22日(土) 11時~  申込者様氏名・鶴矢巡  ご婚約者様氏名・木原透(エグゼクティブ会員No.********)  ──  住所・生年月日などの欄もすべてきちんと埋まっている。俺のはエトワール会員情報だろうけど、俺だけでなく、鶴矢さんの欄まで。  見てしまって良いんだろうかと思いながら、見てしまう。鶴矢さんの住所は港区のタワマンで、年齢は思っていたより少し上だった。  今のところは俺と鶴矢さんが婚約者ってことになっている。 「それでは、素晴らしいウエディングになるよう祈って、乾杯しましょう!!」  鶴矢さんは予約が一件取れて満足そうだ。  シャンパンが並々と注がれたグラスを渡され、乾杯した。シュワッとして甘くておいしい。  この個室は、ウエディングの際には式を挙げる二人の控え室になるらしい。  俺はその日、誰とここにいるんだろう。  気づいたら、ソファーに転がっていた。アルコールが全身に回っていて、鶴矢さんがそんな俺を真上から見下ろし甘く微笑んでいる。キャンドルの光が輝く青い瞳が、まるで俺を吸い込んで溺れさせようとしているみたい。 「最高のバースデーウエディングにしましょうね」 「ハイ……」  夢見心地でうなずいた。

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