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第39話
一年が経つころ、墨谷さんは異例の出世で課長に昇進が決まった。俺の先輩から俺の上司になると、墨谷さんはまだ内定の時期に俺に一番に教えてくれた。俺は大喜びでお祝いして、これからもずっと墨谷さんと一緒に頑張ると誓った。
だが俺は、片思いしていた同僚への、社内ストーカーの濡れ衣をかけられた。
もとはといえば、彼のほうから交際しないかと言ってきた。だから俺も喜んで、ずっと好きだったと返事した。
だけどすぐに、彼が俺がしつこく彼に付きまとったと言い出し、俺に無断で、俺が彼に送った好意的なメッセージを証拠として皆に回していた。
どれだけ否定したところで、周りから冷たい視線を向けられるだけだった。きっと信じてくれると思ってた墨谷さんにも嘘つきだと罵られた。
騒ぎはどんどん大きくなり、彼は別の部署へ異動、俺も異動したかったけど、希望は通らず営業部に残された。当然ながら、目標にしていた新人MVPは獲れなかった。
──嫌いになったなら、もう俺のこと放っておいてほけばいいのに。なんで、俺を仕事のサブにしたり、俺のデートを邪魔して、自宅までタクシーで送ったりするんだよ。
(とにかく早く到着してくれぇぇーーー)
渋滞は過ぎたものの、頻繁に信号にひっかかったりして、タクシーが家につくまで時間がかかりそうだ。俺は窓の外の景色を見るフリをし、墨谷さんは黙り込んでいる。
さっき、俺はとうとうキレてしまった。
「あいつとは別れろ」
「へっ?」
「あんな、お前を甘やかすだけの男と結婚するのは、決してお前のためにならない。仕事こそ、お前を成長させる。俺が責任を持って必ず一人前にしてやる!」
「は、はあ!?」
上司とはいえ、余計なお世話。この人は、そんなに俺を奴隷にしたいのか!!
昔はあんなに優しかったのにって思えば思うほど、腹が立って……。
「別れませんっ!! 彼とは、結婚前提にお付き合いなので、結婚式にはぜひ上司として参列してください! そして、もう墨谷さんとは何も話したくないので、俺に話しかけるな!!!!」
墨谷さんは目を見開いて唖然として、それからずっと、タクシーは静まり返っている。
後悔先に立たず。この険悪な雰囲気のまま、月曜から二人でまた仕事するのか……。
「…………」
ちら、と墨谷さんの様子を伺うと、目があった。恨みがましい眼で俺を見ていた。
「木原……お前というやつは……。俺にはお前が理解できない!」
「へ!? 墨谷さんこそ、なんか今日ちょっとおかしくないですか!?」
墨谷さんが余計睨み付けてきて、恐怖で縮み上がっていたときだった。
俺のスマホが鳴った。
知らない番号だけど、きっと、清一郎さんだ。実際、それはあとで見た清一郎さんの名刺の番号と同じだった。
急いで通話ボタンを押し、「もしもし?」呼びかけるが、返事が来ない。そして、横から墨谷さんにスマホを奪われた。
「他の男と結婚なんて絶対に許さない!!」
「へっ!? 話してるんですからスマホを返してください!!」
飛びつくが腕一本で押さえ込まれた。全力で挑むが、全く歯が立たない。
墨谷さんはもう片方の手で奪った俺のスマホの電源を切ってしまった。
そして倒れた俺を見下ろして言った。
「いいか木原、お前には俺がいる。俺は人生をかけて、お前の面倒を見ると誓う。だから他のことは全部忘れて、仕事に邁進しろっ」
「そ、そんな……一生仕事だけなんて、絶対イヤですっっっ」
ちょうどタクシーがマンションの前に到着したので、俺は逃げるように飛び出した。
が、なんと墨谷さんが追いかけてきた。
誘を居候させて、追い返してもらえなかったらどうなってたことか。
怒られるのはいつものことだし。イヤなことは忘れるに限る。戻ってきた誘と、たこ焼きを腹一杯食べて、寝たけど……。
『結婚なんて許さない! 一生俺と仕事していろ!!』
夢でもうなされて飛び起きた。
呪いをかけられた気分だ。墨谷さんだって、俺がいなくなった方が良いんじゃないのか?
眠れずに、何度もスマホを確認したけど清一郎さんからの連絡は、墨谷さんに邪魔されたのが最後で二度と無かった。
フラれてしまったからには、俺はこれからも墨谷さんの下で仕事を続けるしかないわけで。
もしかしたら、俺は一生、墨谷さんにこき使われる運命だったりして……。
考えたら怖くなってきた。早く、誘のいる公園へ行こう。腹も減ったし。
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