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第41話

「どお~? 美味い?」  ストローから口を離したところで、こっちを見てる誘と目を合わせた。 「うまいよ。見た目はただのでっかいホットドッグだけど、すごいクセになる味」  もしかして違法の成分かもしれないと疑いたくなるが、ちゃんと安全なようだ。 「市販のケチャップに俺のオリジナルでハーブとか香辛料とか色々入れてバランスよくしたの」 「へぇ~」  言われてみれば、ケチャップの中に、あちこち細かい粒が見える。ペロッと舐めてみると、普通のケチャップより、甘さ控えめで、ハーブの風味がはっきりしてて爽やか。これポテトにも合いそう。 「じゃあ、今夜の夕飯はフライドポテトにしようか。あとのメニューは……」  首を傾げて見せる誘に、思わず身をのりだした。 「久しぶりに生春巻き! あとはトムヤムクン! レモン・パクチー多めでね!」 「オッケー」  よし。ホットドッグのやけ食いは中止だ。誘の辛くないエスニックは日本一美味いので、フツーに食べすぎる。それに、誘が両手いっぱいの、特大かき氷を持って帰ってきて、 「一緒に食べよ」  ハイ! と俺に細長いスプーンをくれた。  ふんわりと山盛りになっている氷に、カラフルなゼリーがふんだんに混ざっていてかわいい。俺と誘の間に置いて、両側からスプーンでそっと崩さないようにすくっていく。 「あ~最高っ」  火照った体に、冷たい氷が効く。それにゼリーの甘酸っぱさと舌触りがたまらない。誘が自分のスプーンを俺に向けてくる。 「見てよ。ピンクのハート型のゼリーが入ってたよ。ほら、あーんして?」  あーん。半分凍っているのがおいしい。星形のゼリーもあると言うので、氷を掘って探した。 「あ、あったよ」  スプーンにとって、誘の口に向ける。誘がパクっと食べて、そんなことを繰り返すうちに、あっという間に大きなボウルが空になった。風が吹いてくる。 「寒……」  ちょっと調子に乗りすぎたかも。口の中なんて感覚がない。誘が楽しそうに俺に提案する。 「よし、今こそ早口対決だ!」  ガキかよ。 「ヤダ。絶対に舌かむ……」  へっくし。くしゃみまで。 「大丈夫? 俺の体温で温める?」  抱きついてくるフリをする誘に、もう一回くしゃみをしながら首を振る。同じだけ食べたのに、誘は平気そうなのは体格の差か……。 「ほら、おいでー」  誘が腕を広げて、長身で鍛えられた身体を俺に見せつけてくる。  もちろん俺は断固拒否。 「仕方ないな」と誘は俺の冷たくなった手を引いて、日の当たる芝生に連れて行った。  ……あったか~い。もう俺はここで寝る……。  良く乾いて柔らかい芝生は寝転ぶのにぴったりで、満腹で、今日で一番幸せな気分だ。目をつむれば、あちこちでカップルが日光浴に見せかけてイチャついてるのは見えない。辛いことは全て忘れて、眠ってしまおう……。 「さすがにそれは熱中症になるって~」  誘がしつこく背中を叩いてくるので、俺は現実逃避を断念して目を開けるしかなかった。 「あれから透くんの婚活はどんな感じ?」 「…………」  今まで何も言わなかったので、忘れたと思っていたけどやっぱ覚えてたか。 「……まあまあ。誘には関係ないし」  お前の義兄にフラれたばかりだとは言いたくない。 「昨日透くんが連れてきたお兄さん……上司の墨谷文人さん。昨日は追い返しちゃったけどさ、また今度連れておいでよ」 「一体なんの用が」と聞けば、「確かめたいことがある」と誘。  昨日の夜、誘は、助けを求める俺の声を聞きつけ玄関の外に飛び出し、墨谷さんと顔を合わせた。誘は俺を部屋の中に逃すと、墨谷さんとなにやら会話して、10分後くらいに戻ってきた。何事もなかったように鼻歌混じりにタコ焼きを焼き始めたので俺は一安心したが、何も無かったなんてあるわけがなかった。俺は身体を起こし、こわごわ、誘の話に耳を傾けた。  まず、墨谷さんは、部屋着にエプロン姿で俺の部屋から登場した誘を、俺のヒモと思い込んでいたそうだ。ゲンナリ。またあの人は俺にいらない疑惑をかける……。だが、誘が俺の親友だと名乗ると、墨谷さんもピンと来た。誤解が解けたのは良かったが、今度は誘の断罪を始めたのだった。 「墨谷さん、俺がアメリカ留学に行ったとか、その間透くんに連絡とらなくて心配させたとか、結局何もせずにすぐに戻ってきたとか、家出したとか、女たらしで、貧乏フリーターで、迷路オタクとか、俺のことすごくよく知ってんだね~」 「う……」  まさか俺の過去の愚痴を全て掘り返して、誘に聞かせてくれるとは……。  最後に、墨谷さんはこう宣言して帰っていったそうだ。 「俺は決して木原の傍から離れない!! そして俺こそが、木原のことを本当に理解して、幸せにしてやれる!!」  ひええええー。 「あの人、仕事のしすぎで変になってんだよ。俺のことストーカーだとかパパ活だとか決めつけて……」 「なんだそれ」  俺は慌ててあわてて口をふさぐ。 「透くんがそんなことするわけないじゃん!」  だよな!? さすが親友は違うぜ! 「あっちこそストーカーなのに」  はい??  首を傾げた俺に、誘が説明してくれた。 「俺が透くんの部屋に来た夜に、窓の外に立ってた男、覚えてるよね?」  もちろん覚えている。大雨の中、傘をさした男がじっと俺の部屋を覗いていて不気味だった。俺は震え上がり、誘が番犬となって追っ払ってくれた。 「あれ、あの人だよ。本人も認めてたし」 「はあ!?」 「帰宅後に送ったメールの返事がなかったから、安否確認しただけって言ってたけど」 「…………」  呆然とする俺をよそに、誘は変に張り切っていた。 「墨谷さんが、透くんのことを自分が誰より知ってるって言うなら、俺は墨谷さんと、どっちがより多く透くんの事を知ってるか、クイズ対決しなくちゃね!?」  ちょっと何言ってるか分かんない……。  誘が腕時計を見るそぶりをした。もうすぐ、営業終了の十四時だ。ちょうど頭上のスピーカーもフードエリア営業時間の終了を告げた。 「俺はこれから片付けしなくちゃだから、行くね」  誘が立ち上がるのにあわせて俺も立ち上がった。 「それなら俺も手伝う。ご馳走になったし」  今さらだけど、だいぶ長くホットドッグスタンドを放っていた。売上を心配する俺を誘は笑う。 「大丈夫だよ。この次は、池のボートに乗ろう」  お互いに尻から芝を払って、フードエリアへ歩きだした。青空に赤と白のパラソルが遠目でも良く目立っている。  片付けが終わったら、誘は用事があって出かけるそうだ。 「どこに行くの?」  一緒に帰るつもりだったから、俺も付き合おうかと思ったんだけど、 「ごめん、透くんは先に帰っててね」 「……了解」  断られてしまったからには一人で帰るしかない。

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