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第6話

 僕は中でも一番納得ができない一冊を手に取ると、ミカエルに突き付けた。 「だいたいこの漫画おかしいやろ。僕、この原作読んだことあるけど、主人公は攻めじゃなくて受けやろ。原作で親友に『君がどんな答えを出そうと、俺は君を信じる』とか言うとったやないか。やのになんで、この漫画は嫉妬に狂った主人公が親友を監禁しとるねん! 主人公(あいつ)はそんな心の狭ないわ」 「原作の解釈について熱く語るなんて、君、素質あるね」 「そんなモンあってたまるか!」 「……でも、ほら、ちょっと勃ってる」  ミカエルは布越しに僕自身に触れた。確かに、無理矢理は好みではないがエロ本の空気に当てられてしまい、半勃ちになってしまった。彼は立ち上がるとベッドに腰掛けている僕に鼻先を近づけてきた。その表情にわずかな怒りを感じて、なぜか僕は焦ってしまった。 「いや、これは……、エロ本読んでるねんから、多少は……」  健全なる男子たるもの、これぐらいは普通……と思いたい。  しかし、ミカエルは納得しなかったようで、僕の股間を一瞬、ぐっと握りしめた。痛みで反射的に背中が丸まる。 「イッ……」 「架空とはいえ、僕の前で違う男に欲情するのはいただけないね」 「ジブンが読んだらええって言うたんやんけ!」 「その反応は想定外だった」 「そんなん知るか!」  反論しつつも、僕は握られたままのジュニアから目が離せない。また握られたらたまったもんじゃない。やめてほしいという思いを込めて、僕を握るミカエルの手首を掴んだ。  幸いそれ以上は何もしてこないようで、不安になって見上げると、ミカエルは小さく微笑んだ。股間から手を離すとその手をそっと僕の顎に沿わせた。 「君にはお仕置きが必要だね」 (な……なんか知らんけど、エロっぽい展開来たーーーーッ!!)  いや、ここは喜んだらあかん。こいつの性趣向はさっきの同人誌でよく分かった。こいつは人の嫌がる顔が大好きな変態や! ここは嫌がっておこう。  僕は上がりそうになる口角を必死に堪え、代わりに大げさに眉を寄せた。 「なんでなん! 僕には何にもせえへんって言うたやんか!」 「それは君が同類じゃなかったからだ。しかし君は同人誌を読み漁り、あろうことかおっ勃てた。もうこれは認めざるを得ないよ。ーー君が腐男子だと」 「ふ……腐男子やと?」 「腐女子の男バージョンだよ。ホモを愛し、ホモを崇める存在さ」  そんな言葉に僕は思わず吹き出した。  エロ展開は僕の使命だが、腐男子なんていう訳のわからないカテゴリに僕を当てはめるのは勘弁してもらいたい。 「ははッ、アホくさ。さすがに見当違いも甚だしいわ。僕は別にこんなんなくても別に困らんし。そりゃ、エロ本読んだら、多少はそんな気がするかもしれんけど? 別に僕は、ホモ好きちゃうし」 「そう……、最初はね。みんなそう言うんだよ。なくてもいい。あるから読んでるだけ。酷い人は君のように『汚らわしい』なんて言って拒絶する。だけど、気付くと探し求めてしまうんだ。はじめは珍しいからなんて理由をつけて、人から借りたり、お金をかけずに楽しむんだ。でもその内歯止めが効かなくなって、毎月の固定費にBL代が含まれるようになったころにようやく気付くんだ。  ……もう自分は腐海の沼から抜け出せない……とね」  ミカエルは僕を憐れむような瞳を向けた。まるで、それが僕が進む道だと言わんばかりに。  天使は僕から目をそらすとキッチンの窓辺へと歩いた。バサっと音を立てて翼を広げると窓から差し込む日差しにそれを透かした。 「残念だよ、エイジ。君にも復讐しないといけないなんて……」  振り返ったミカエルの顔は朝日に照らされ、悪魔のような笑みを浮かべていた。 「めっちゃ嬉しそうな顔しとるやんけ!」

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