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第7話
この天使、僕の叫びは常に無視である。こちらに歩み寄ってくると、僕の二の腕を掴んだ。
「じゃあ、行こうか」
「は、どこに? って、うわっ!」
そのまま片腕を強引に引いて、ミカエルは翼を羽ばたかせた。そのまま狭い部屋で羽ばたかせるものだから、プラスチックのゴミ箱が軽い音を立ててひっくり返る。僕は抵抗しようと足をばたつかせたが、やはり無駄である。ミカエルはその小さな手で僕の視界を塞いだ。
ミカエルが飛ぶと足が浮いて、とっさにか細い腕にしがみつく。
「ちょ、やめて! 怖い!」
そう叫んだ瞬間、僕の目を覆っていた手を外された。ほんの数秒だったはずなのに、そこはもう僕の部屋ではなかった。
白い壁と床。殺風景で生活感がないという点では、前に無理矢理連れてきた部屋とは似ているが、違うところがいくつかある。ひとつは、部屋に扉がついているという点。一般的な鍵のない扉で、取手もある。そして、もうひとつは、おどろおどろしい拷問器具らしき什器があちらこちらに置かれているという点だ。
(『お仕置き』の意味が思ってたんと違う!)
お仕置きっつーか、処罰やけんけ!
ミカエルがゆっくりと僕を床に下ろす。
こんな部屋からさっさとおさらばしようと、扉に一歩踏み出した瞬間、ぬるりとした感触がして、滑って尻餅をついてしまう。
「何このヌルヌル……ッ」
見れば、油のようなものが床に塗られていた。僕は涼しい顔で飛んでいる天使を見上げた。
「また訳のわからん部屋に連れて来よって!」
「ここがどこか見てわからない?」
そう言われて、僕は部屋に視線を配らせて、おぞましい什器を眺めた。
「三角木馬に鉄の処女、あと名前分からんけどマ○オのステージに出てきそうな揺れる斧、それにアイランドシステムキッチンとくれば、それはもう拷問部屋としか……えっ、アイランドシステムキッチン?」
ひとつだけ明らかに生活感のある言葉に自分で言ってびっくりする。もう一度見ると、確かに部屋の中央にはこの世界観に合わない見るからに高機能そうなアイランドシステムキッチンが備われていた。
しかし、ミカエルがすんなり僕の疑問に答えてくれるわけがない。笑顔で自分の都合のいい言葉を切り取る。
「そう、拷問部屋だよ」
「いや、なんで拷問部屋にアイランドシステムキッチンがあんの?」
「拷問部屋にはアイランドシステムキッチンがつきものでしょ ?」
「え、なにそれ怖い……」
いやこれ以上このアイランドシステムキッチンについて突っ込むのはよそう。エロから遠ざかる。僕にはこの先を十八禁展開にするという使命が託されている。この後僕は痛くなさそうでエロい拷問器具を見つけて、それらしい展開にしなければならない。
しかし、一歩踏み出した瞬間、その出鼻を挫くように、床に滑って盛大に転んでしまった。
転んだ先にもべっとりとなにかぬるりのある液体が塗られており、僕の体は液体まみれになってしまった。
僕はこのヌルヌルをすっかり忘れていたという己の非を棚に上げ、ヌルヌルの存在に怒りをぶつけた。
「だからなんやねん、このヌルヌルしたヤツはぁッ!」
「油だよ」
二度も転んだ僕を助けようともせず、冷ややかにミカエルは答えた。ちなみにミカエルは飛んだまま、一度も床に足を付けていない。
謎の油は僕の周りだけでなく、部屋の床全体に覆って、怪しい光を反射させていた。
「なんでこんな事を……」
「言ったでしょ、メッタメタのギッタギタにしてやると……」
「これはギッタギタちゃう! ギットギトや!」
怒りのあまりに床を拳で叩くと、油が八方に飛び散った。
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