3 / 65

遠い日の約束③

「ハッ! はぁはぁ……またあの夢か……」    時は流れ、令和の時代を迎えた。  桐谷渉(きりたにわたる)、十五歳。彼が時々見る不思議な夢。この夢を見るようになったのは去年からだ。  自分より背の高い『仁』という男に手を引かれ、冷たい池の中を歩く……そんな夢。  仁の着ているものは今の時代の物とは全く違う着物で、街灯もなく月明かりに照らされた夢の中の世界は、かなり昔の時代背景だということがすぐにわかる。  驚くくらいリアルに感じる夢だった。身を切るような冷たい水の中で、怖くて仕方がないのに、仁の手はとても温かかったこと……。  夢だとは思えない。まるで、自分が本当に体験したかのようだ。  仁は渉のことを『宗一郎』と呼んでいたけど、水面に映った宗一郎と呼ばれた男の顔は自分にそっくりだった。これは本当に夢なのか? と疑問を抱かずにはいられない。 「本当になんなんだろう……」  頬を伝う幾筋もの涙を手の甲で拭う。この夢を見て目覚めた時の気分はいつも最悪で、胸が張り裂けそうになるくらい痛かった。 『宗一郎』  渉を愛おしそうに見つめる仁は、自分よりもかなり年上だろうか? 背が高く端正な顔立ちをしている。立ち振る舞いには品があり、育ちの良さを感じさせた。色素の薄い茶色い髪がキラキラと光を受けて輝いて眩しいくらいだ。  なんて綺麗な人なんだろう……。惚れ惚れとしてしまうぐらい、仁は魅力のある男性だった。  もうひとつ不思議なことがあった。渉はなぜか知っていたのだ。仁の髪の手触りも、唇の柔らかさも……細くて長い指や、穏やかな低い声に、自分を抱き締める腕の力強さも。仁の全てを知っているように思えてならなかった。 「一体、なんだっていうんだ……? 何度も何度も……同じ夢を見るなんて」  大きく息を吐きながら、渉は襟足にかかる髪を静かに搔き上げる。  渉の項には、生まれたときから子どもの拳くらいの痣があった。それは見方によっては人の歯形にも見える。  両親はそれを気味悪く感じたのだろう。何度も痣を消すために病院へと連れて行かれたが、結局痣の原因がわからず、どの医師にもそれを消すことはできなかった。  しかし渉には、この痣と夢に出てくる青年は、何か関係があるように思えてならないのだ。 「はぁ……夢を見るばっかりで、なんにもわからないけど……」  それでも、あの夢を見ると最低な気分と同時に、意味もなく懐かしい思いが押し寄せてくることもまた事実だった。渉はその痣をそっと撫でた。  ここ最近では、現実の生活に影響が少なからず出てきてしまっている。  観光名所で蓮の花が咲いた、という知らせをニュースで見かければ懐かしく感じるし、夜の池を見るだけで恐怖から体が震え出す。仁と面影が似ている青年を見かければ思わず振り返ってしまうし、たまらなく「会いたい」という強い衝動に駆られることもあった。  この夢を見始めた頃は意味も分からず戸惑ったけれど、今は違う。これは夢などではなくて自分の……。渉はそう感じていた。

ともだちにシェアしよう!