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遠い日の約束⑤
しかしあの時と違うのは、現代の渉は平民などではなく、ある財閥の御曹司ということだ。
渉はタワーマンションの最上階にある、5LDKの部屋に一人で住んでいる。すぐ隣の部屋には両親が住んでいるものの、普段両親と顔をあわせることなどほとんどない。
父親は仕事に明け暮れる生活を送っているし、交友関係が派手な母親は、趣味や知人との付き合いで忙しそうだ。
そんなこともあり、父親はタワーマンションの最上階2フロアを貸し切り、執事の柴崎を含めた家政婦達を住まわせている。その家政婦たちが、渉の衣食住の全ての世話をしてくれていた。
渉には、両親との思い出はほとんどなく、いつも寂しい思いをしていた。欲しいものは全て手に入ったけれど、心が満たされることなんてない。
渉はいつも他人に囲まれて、退屈な日々を過ごしていた。
渉が住んでいるタワーマンションの二階と三階の低層階は、渉の父親が経営する会社のオフィスフロアとなっている。
更に、コンビニにフィットネスクラブ、温泉に映画館。渉の住むタワーマンションには、住むには十分過ぎるほどの公共施設が整っており、そこはさながら一つの街のようだ。
箱入り息子として、渉は何不自由なく育った。
不満があると言えば、義務教育中でありながら学校に通うことは許されなかったことだ。優秀な家庭教師に囲まれて、家庭内教育を受けてきた渉は学校にさえ行ったことがない。
厳格な父親は、自分が下等だと見下しているオメガやベータといった人々と、渉が関わり合いを持つことが許せないらしい。
学校に行ってみたい、友達が欲しい……。そんな渉の願いなど、父親が聞き入れてくれるはずなどなかった。
両親が勝手に見つけてきた婚約者はいるものの、勿論純粋な友達さえいない。渉は、仁の記憶を取り戻すまで誰かに恋焦がれるという想いを抱いた経験さえなかったのだ。
そして生まれ変わっての一番の変化は……渉がアルファだということだ。
もうあの頃のように、社会的弱者とされたオメガではない。世間が羨むような富裕層の息子であり、誰からも一目置かれるアルファである。
何もかもあの頃の宗一郎よりも恵まれているはずなのに、その心の中はいつも空っぽのように感じられた。
――仁さんも自分のように、この時代に生まれ変わっているのだろうか……。
ベッドから抜け出し、まるで吸い込まれるかのように夜景が広がる大きな窓へと向かう。タワーマンションの上層階からは、宝石箱をひっくり返したかのように光り輝く東京が一望できた。
――この広い世界中を探せば、仁さんに会えるのだろうか? 会いたい、会いたい……。
記憶を取り戻したあの日から、日に日に大きくなっていく想いを、渉は抑えることができなくなっていた。
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