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遠い日の約束⑥
「それから、坊ちゃんが先日お誕生日を迎えられて十八歳になられました。坊ちゃんも無事に成人されましたので、高校に行く許可が旦那様から出ましたぞ」
「え? 高校に?」
「はい。良家に生まれたご子息とご令嬢だけが通うことの許されている、有名な私立高校でございます。そこに高校三年生の一年間だけ通学してよいとのことです」
「本当に? ありがとう、柴崎!」
「香夏子様の時とは違い、大分嬉しそうですね?」
「べ、別にそんなことは……」
痛い所を突かれ内心焦ってしまったが、渉の心は踊った。
厳しい両親の元で育ち、友達はいないし、友達と遊びに出掛けたこともない。しかし、これを機に友達ができるかもしれないのだ。
「しかし、その高校は良家のご子息とご令嬢が通うことで有名ではありますが、旦那様が嫌っておりますベータとオメガも在籍されております」
「ベータとオメガが? そんなの別に関係ないじゃん。家政婦さんの中にだってベータの人はいるし……」
「坊ちゃんはよくても、旦那様は最後までその点を気にしておりました。ですので、ベータやオメガと関わることも社会勉強になるから……と、柴崎が旦那様を説得しておきました。そのため、お友達を選ぶ際にはくれぐれも慎重にお願いしますぞ?」
「慎重にって、どういう意味?」
「ですから、坊ちゃんが仲良くしていいのは立派なアルファの方だけ……という意味でございます」
「なんだよ、それ……」
せっかく高校に通うことが許されたのに、友達の制限までされてしまうなんて……。結局自分は籠の中から解き放たれることなどないのだと、悲しくなってしまった。
「でも、友達ができるのは嬉しいかな……」
友達と過ごす高校生活を想像するだけで、自然と口角が上がってしまう。そんなだらしのない顔をした渉を見た柴崎が、すかさず口を挟んだ。
「お友達と言えば、最近、櫻井 様から連絡がありましたぞ? 久し振りにお茶でもどうかというお誘いを……」
「慧 さんか……。小さい頃はよく遊んだけど、最近はほとんど会ってないし。そんな奴と急にお茶をしたって、何を話せばいいのかわかんないよ……」
櫻井慧 は、幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしている幼馴染だ。アルファであり、渉が唯一『友達』と言える存在。
成長していくうちに少しずつ距離ができて、今ではすっかり疎遠になってしまっている。渉が仁の記憶を取り戻してからは、仁以外の人間に興味がなくなってしまった……というのが正しいのかもしれないが。
それでも慧という男は変わった奴で、渉の誕生日には毎年薔薇の花束を贈ってきてくれる。気障な野郎だ……と感じ、慧とはできるだけ関わりたくないと渉は思っているくらいだ。
仁以外、まともなアルファはいないのだろうか? 渉は大きな溜息をつきながら、ミニトマトを口に放り込む。
「あぁ、ごめん。やっぱり無理だ。忙しいからって返事しておいて」
「坊ちゃん……櫻井様は優秀なアルファでいらっしゃいます。ご友人は大切になされた方が……」
「あー、はいはい。ご馳走様でした」
「坊ちゃん! まだ食事が残っておりますぞ。それに柴崎の話だって……」
「わかったって。もう食事も柴崎の話もお腹がいっぱい! じゃあね」
「坊ちゃん!」
金切り声をあげる柴崎に背を向け、さっさと食堂を後にする。
きっと明治と令和では、全く世界が違うだろう。高層ビルの中から眺める景色だけが世界のすべてだった渉にとって、令和の世界をようやく体験できる機会が巡ってきたのだ。
――やっと、外の世界に行くことができる……!
高校に行くことができることも勿論嬉しいが、もしかしたら生まれ変わった仁に会えるかもしれない。
いや、探すんだ……。
そう決意して、渉の心は踊った。
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