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第三章 カルガモの親子①

 渉が高校に通い始めてから数日が経過した。そのたった数日間だけで、渉は自分の世間知らずぶりを実感することとなる。  授業が変わるごとに教室を移動する『移動教室』や、決められた係や委員会がありその役割をこなさなければならない。そういった学校で決められたルールがわからないのだ。  こうしたことはきっと小学校から積み重ねてきた経験で、教えてもらわなくてもわかるのだろうが、渉はその都度教えてもらわなければわからない。  箒を使って掃除をしたことなんて一度もなかった渉は、箒と塵取りの扱い方さえ下手くそだ。そもそも掃除なんて家政婦さんがしてくれるのだから、渉がやる必要なんてないのだけれど。 「どうしたの? 大丈夫?」  困って呆然としていると、正悟がいつも声をかけてくれる。今の渉は、正悟がいなければ何もできないし、何もわからない。いつしか正悟の姿が見えないと不安を感じるようになってしまった。  今だって次はどの教室に移動するのかがわからず、教科書を持ったまま正悟の姿を探す。正悟以外のクラスメイトとはまだ馴染むことができていない。と言うより、今まで慧以外の友達がいなかった渉には、友達とどう接していいのかがわからないのだ。  キョロキョロと辺りを見回してみても正悟の姿はない。時々、正悟は突然いなくなってしまうことがある。  しかし、いつまでも頼ってばかりはいられないのだから。  ――仕方がない、一人で行ってみよう。  そう思い立ち、意を決して椅子から立ち上がった時。 「ごめんね、渉。遅くなっちゃったよ。早く音楽室に行こう」 「正悟……」  正悟が渉を心配してか、息を切らして教室に入ってくる。その顔を見ただけで嬉しくなってしまうのだ。正悟は渉がどんなに世間知らずでも、嫌な顔ひとつせず世話を焼いてくれる。それがとても嬉しかった。 「遅いよ、正悟。もう授業始まっちゃうじゃん」 「だからごめんって。早く行こう」 「うん」  そう言いながらそっと腕を引いてくれる。正悟はなぜか渉の体に触れることが多い。正悟自身は特に何も考えていないかもしれないけど、他人から触れられることに慣れていない渉からしてみたらドキドキしてしまう。  正悟の触れた部分がジワジワと熱を持っていった。それはまるで仁に触れられているみたいで、心が甘く震えてしまう。  そしていつも、正悟が渉の体に触れた瞬間ピリピリッと弱い電流が二人の間を走るのだ。その電流の正体なんて渉にはわからなかったけど、正悟に触れた時にだけ起こるこの現象が、愛おしくも感じられた。 「正悟と桐谷君ってカルガモの親子みたいだね」 「え? カルガモ?」 「そう。正悟がママで桐谷君が子供」  そんな姿を見かけたクラスメイトがクスクスと笑っているから、思わず俯いてしまった。

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