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カルガモの親子③

 期末テストが終わる頃には、初夏を感じさせる季節となっていた。  まだ梅雨が明けていないせいで雨ばかりだが、校庭に所狭しと咲いている紫陽花がとても綺麗だ。制服の衣替えをして半袖にもなったし、夏休みまでもう少し。  休み時間に、正悟にお小言を言われながら飲むコーラも美味しいし、今では移動教室にも困らない。少しずつだけれどクラスメイトにも馴染んできた。と言っても、世間知らずの渉にクラスメイトが慣れてくれた、といった方が正しいのかもしれない。  ずっと憧れていた高校生活に、少しずつ近付いていることが嬉しかった。  待ちに待った期末テスト最終日。渉は朝から心ここにあらずだ。 「そんなんでテスト大丈夫だったの? って、渉に聞くことじゃないか……。テストの成績いいもんね」 「はぁ? それ嫌味? お前学年一位じゃん」 「今回は君に抜かれたかもって、内心冷や冷やしているよ」 「そんなんどうだっていいよ。早く行こう」  渉は学校指定の鞄にどんどん荷物を詰めていく。一刻も早く学校を出て駅に向かわないとならないのだ。  昨日、電車に乗って出かけるということを、正悟に電話で柴崎に伝えてもらった。普段から礼儀正しい正悟の対応に、柴崎も渋々外出を許可してくれたのだ。「あー、緊張した」と言いながらその場に崩れ落ちた正悟が面白くて、声をあげて笑ってしまった。  正悟と一緒にいると楽しくて仕方がない。これが『友達』というものだろうか? そのくすぐったい関係が嬉しい。  渉はいつの間にか、正悟の中に仁の面影を探さなくなっていた。こうして長い間一緒にいると仁と正悟は全く違う人物に思えてくる。正悟は仁の生まれ変わり……そもそもその考えが間違っていたのかもしれない。  そう思えば、正悟と一緒にいることに苦しさを感じなくなっていた。  学校の最寄りの駅で念願のICカードを購入する。 「わぁ、めちゃくちゃかっこいい!」 「それにしてもいきなり二万円もチャージするなんて、やっぱりお金持ちは違うんだね」 「はぁ? 二万なんてガキのお年玉じゃん?」 「君とは住んでいる世界がそもそも違うのかも……」  買ったばかりのICカードを掲げて喜んでいる渉を見て、正悟が苦笑いをしている。 「そのカードは自動販売機でジュースも買えるし、コンビニで買い物もできるからね」 「へぇ、マジで凄いじゃん」  なんて凄いカードを手に入れたのだろう……渉の心は踊った。早く使ってみたい、そんな衝動に駆られて居ても立ってもいられない。 「ほら、行くよ。人がいっぱいいるからはぐれないでね。渉、スマホ持ってないんだから」 「あ、うん」  そう言いながら、正悟はいつもと同じように渉の腕を引いてくれる。  ピリッ、その瞬間いつものように二人の間に電流が流れるのを感じた。それと同時に、鼓動がトクントクンとどんどん速くなっていく。体が火照り出して呼吸が浅くなった。  ――なんなんだ、これ……。  戸惑いを感じながらも、渉の手を引きながら正悟はどんどん歩いていく。渉はその背中を必死に追いかけた。 「駅ってなんでこんなに広くて、人がうじゃうじゃいるんだよ⁉」  人ごみに揉まれながら、渉は正悟の腕に必死にしがみついた。

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