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カルガモの親子④

「ちょっと田舎に行くから、びっくりしないでね」  そう照れくさそうに笑う正悟を見て、意外だなと思う。正悟のことだからきっとお洒落なカフェだったり、遊園地だったり……華やかな所に連れて行ってくれるものだと思っていた。 「別にどこでもいいよ」 「そっか」  実際目的地なんてどこでもよかった。渉は電車に乗ってみたかっただけだし、正悟と一緒にいられるならどこだって構わないのだ。二人で一緒にいるということが、一番大切に感じられた。  いくつか電車を乗り継いでいるうちに、どんどん山奥へと向かっているのがわかる。電車に乗った頃は高いビルがそびえ立つオフィス街だったのに、少しずつ自然が増えていき、今いる場所は山と畑、それに田んぼしか見えない。  ガタンゴトンと電車が揺れる振動が心地よかったのに、今の路線は吊革につかまらないと立っていられないくらい激しく揺れた。その振動も慣れてしまえば気持ちよくて、つい眠くなってきてしまう。  初めて乗った電車に、子供のようにはしゃいでしまった。必死に起きていようと目を擦れば、正悟が顔を覗き込んでくる。 「眠ければ寝てていいよ? 駅についたら起こしてあげるから」 「あー、でも……」 「いいよ。電車に初めて乗ったし、はしゃいで疲れただろう?」  今にも目を閉じてしまいそうな渉の体を引き寄せ、肩に寄りかからせてくれる。  ――電車に揺られながら寝るって、こんなにも気持ちいいんだ。  ユラユラと揺れながら正悟の肩に体を預ければ、どんどん瞼が重くなってくる。時々聞こえる警笛に、天井に設置されたクルクル回る古い扇風機の風が渉の髪をサラサラと揺らしていく。 「気持ちいい」  そう呟いて、渉はそっと瞼を閉じた。 ◇◆◇◆ 「ん? あれ……」  隣にいる正悟がキョロキョロと辺りを見渡している。それから突然「ヤバイ!」という声が静かな電車の中に響き渡った。  せっかく気持ちよく眠っていたのに、渉は体を揺らされて現実へと引き戻されてしまう。 「ねぇ、渉起きて! 起きてってば!」 「んん……」 「ほら、降りるよ! 寝ているうちに目的の駅に着いてたみたいだ!」 「え、ちょ、ちょっと……」 「早くしないと降り遅れちゃう!?」 「わぁぁぁッ!」  恐らく正悟もいつの間にか眠ってしまっていたのかもしれない。珍しく焦った顔をしている正悟に腕を捕まれ、強引に立ち上がらされる。  電車から飛び降りた駅は、田んぼの真ん中にポツンと建っている小さな駅だった。この駅で降りた乗客は渉と正悟以外いなかったし、待合室にいるのは呑気に昼寝をしている三毛猫だけ。  駅員は見かけない二人の学生を物珍しそうに眺めていたが、すぐに部屋の奥に戻って行ってしまった。 「凄い田舎だな。妖怪が出そう」 「本当だよね。これから少しだけ歩くよ」 「あ、うん」  突然歩き出した正悟を必死で追いかける。  時刻は午後三時。初夏の日差しがさんさんと降り注ぎ、肌がチリチリと痛む。汗が頬を伝うが、時折吹く爽やかな風が火照った体を冷やしてくれた。  どこまでも続く田んぼからは蛙の鳴き声が響き渡り、ジージーとセミの鳴き声も聞こえてくる。東京では決して見ることのできない光景に、心が癒されていくのを感じた。  でもなんでこんな所に連れてきたのだろうか? そんな疑問が頭を過るけど、そんなことはお構いなしに正悟はどんどん歩いて行ってしまう。  置いて行かれる……突然不安に駆られた渉は、正悟の制服の裾をギュッと掴んだ。  それにびっくりしたように、正悟が振り返る。 「あ、ごめん。もしかして疲れた?」 「違う、そうじゃない。はぐれたらどうしようって、不安になっただけ……」 「不安? あはは! いくら渉でも、さすがにここで迷子にはならないでしょう? 本当に子供みたいで可愛いね」 「え?」  そう笑いながら、正悟がそっと渉の手を握った。心の準備などできていなかった渉の体がピクンと跳ね上がる。 「これならはぐれないでしょう?」 「……うん」  渉と正悟は手を繋いだまま再び歩き出す。  ――友達って手を繋ぐんだ……。  心臓がうるさいくらいドキドキ高鳴ってしまう。そんな鼓動が正悟に聞こえてしまうのではないか……。それが怖くて渉はギュッと唇を噛み締めた。

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