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カルガモの親子⑤
駅からだいぶ歩いた場所にその屋敷はあった。
かなり山の上まで歩いたのだろうか? 吹き抜ける風が冷たいくらいだ。駅の近くにはコンビニがあったのに、この辺りは民家がちらほらあるだけでとても静かな所だ。
――あ、ここ……もしかして……。
二人の目の前にある立派な屋敷は、かなり昔に建てられたようで所々老朽化しているようだ。
「ここだよ。ここに渉を連れてきたかったんだ」
「え? ここ……」
「凄く古い屋敷だろう? 明治時代に建てられたらしい」
「明治、時代……?」
「そう。今はもう誰も住んでいないんだけど、つい最近まで僕の祖母が一人で住んでいたんだ。そんな祖母も一人暮らしが大変になってきてしまったから、今は一緒に東京で暮らしているんだけどね」
屋敷は一周を塀で覆われており中を見ることはできない。正悟が正門に手をかけ、思いきり押すと、ギギギギッと古い木が軋む音と共に扉が開かれた。
門が開くと広い庭が目の前に広がり、庭の真ん中にある大きな池には、薄ピンク色の蓮の花が咲き乱れている。可憐に咲く愛らしい蓮の花に、渉は思わず視線を奪われた。
その他にも大きな松に紅葉、桜の木まである。季節の移り変わりとともに、庭の色彩も表情を変える庭は、きっと住んでいる人たちの目を楽しませてくれたことだろうと、想像がつく。
「どうぞ、入って」
正悟が笑いながら手招きをしている。
広い庭を抜けると母屋に、離れと思われる建物もあり、大きな蔵もあった。渉の両親も別荘は持っているが、こんな歴史を感じさせる建物はないから思わず見とれてしまった。庭に植えられている木々がサラサラと揺れる光景に目を細める。
耳をすませば、ひぐらしの鳴き声に風鈴の音もする。ここだけ切り取られたかのように、時間が止まってしまっている……と渉は感じた。
――あぁ、ここは何も変わっていない。
渉は目を閉じてゆっくりと呼吸を整えた。
正悟に案内されたのは離れと思われる、母屋に比べれば小さな建物だ。小さいと言っても普通の一軒家くらいの広さはある。
建物に使われている木は、長い年月を経て色合いが深くなると言われているが、その離れは美しい庭と見事に調和していた。屋根に載せられた瓦が建物の重厚感をさらに増している。
明治時代は海外の影響を受け洋館が人々の人気を集めていたが、この屋敷は古くから伝わる日本家屋そのものだった。
正悟が鍵を取り出し鍵穴に差し込む。何度か勢いよくガチャガチャと鍵を回してみるが空回りしてしまい、なかなか開けることができない。
「もうどこもかしこも古いから、ガタがきててさ。鍵を開けるのも一苦労だよ」
困ったように笑いながらガチャガチャと鍵を回し続ける正悟を見ていると可笑しくなってきてしまう。「あれぇ、全然開かないな」と困り果てているようだ。
「この鍵はさ、こうやって奥に押し込むようにして開けるのがコツなんだよ」
「え?」
「ほら、こんな感じで……」
渉は正悟の手に自分の手を重ねて、グッと鍵を奥に押し込む。
「そのままゆっくり鍵を回してみて」
「あ、うん……」
二人でゆっくりと鍵を回すと、ガチャッという無機質な音をたてて、鍵が開いた。
「ほら、開いただろう?」
「本当だ、開いたね」
「あ、わ、ご、ごめん!」
渉は無意識に正悟の手を握ってしまっていたことに気が付き、慌てて体を離す。無意識だったとは言え、正悟の手に触れてしまったことが恥ずかしくて仕方がなかった。顔が火照ってきてしまったから、両手で顔を覆う。
「……ま、とにかく上がってよ」
正悟に背中を押されて渉は屋敷の中に入ったのだった。
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