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カルガモの親子⑥

 横開きの扉を開けた瞬間、室内のヒンヤリとした空気が頬を撫でる。外はあんなに暑いのに……と渉はホッと胸を撫で下ろした。 「遠慮しないで入って。時々両親が掃除にきているみたいだから、汚れてはいないと思うんだ」 「お、お邪魔します」  土間に靴を脱いで、目の前の襖を開けた。その先には何十畳あるのだろうか? と見渡すほど広い畳の部屋が広がっている。よく手入れがされているようで、い草の香りが漂っていた。 「わぁ懐かしい」  渉はポツリと呟く。懐かしくて涙が出そうになる。 「こっちだよ。この風景を渉に見せたかったんだ。ほら、おいで」 「え? しょ、正悟……」  突然正悟に手を握られ、渉の鼓動が再び速くなった。  二人が畳の上を歩く度に、ギシギシッと床が軋む音がする。正悟が畳の部屋の奥にある障子を開けた瞬間、渉は思わず言葉を失ってしまった。  ――あぁ、この風景だ……。  渉の目の前には、大きな池一面に咲く蓮の花が広がっていた。室内と庭の境には縁側があるが、夕日を浴びた縁側の硝子がキラキラと輝いている。  軒先には涼やかな心地よい音色を奏でる風鈴が下げられていて……その景色と風鈴の音色が、渉の記憶を呼び覚まさせる。    あれは、花火祭りの夜だった。  この離れで仁と宗一郎はこっそり逢引きを繰り返していた。蛍が飛び交う頃に、宗一郎がこの離れを訪れるたび、いつも仁が待っていてくれるのだ。 『仁さん、参りました』 『あぁ、宗一郎。会いたかったよ』  宗一郎が仁の腕の中に飛び込めば、ギュッと抱き締めてくれる。その瞬間、二人の間を甘い痺れが駆け抜けた。 『仁さん、仁さん……』 『ふふっ。甘えん坊だな? もしかしてそろそろヒートか? 体から甘い匂いがする』 『はい。昨夜から体が火照って仕方がありません。避妊薬は飲んできましたので、どうかこの熱をとってください。苦しいです、仁さん……』 『そうか、可哀そうに。じゃあ、僕が宗一郎の体を慰めてあげる』 『んんッ……』 『ふふっ。可愛がってあげるよ』  耳打ちされてから首筋を舌先で軽く舐められる。それだけでゾクゾクッと快感が全身を駆け抜けていった。  仁は、普段アルファに首筋を噛まれないための護身用に着けている渉の首輪を、引きちぎるような勢いで外し、床に投げ捨てる。  この首輪も、仁からこっそり贈られたものだった。宗一郎は紅色が良く似合うからと、紅色に染められた首輪には、淡い桃色の蓮の花が刺繍されている。  それを外されてしまえば、宗一郎は仁から首筋を守るものがなくなってしまう。それでもいいと思っていた。  もし仁の番になれたならば――。  それは、宗一郎がずっと思い描いていた夢だった。もちろんそんなことは、許されるはずもないのだけれど。

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