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カルガモの親子⑨
渉と正悟が目を覚ました時には、辺りは真っ暗になっていた。
帰り道の途中にポツンと建っていたコンビニでアイスを買って、渉と正悟は帰路につく。コンビニで買い物、というだけでも嬉しいのに、ICカードで買い物をしたのだ。
今日は悲しい思いもしたけれど、色々な体験ができたこと自体は、大満足だった。
「なんやかんやで遅くなっちまったな。……え? これって、もしかして……」
「ん? どうした? あ、なるほど……」
急に凍り付いたように動かなくなった渉の後ろから、正悟がひょっこり顔を出す。そしてその原因に納得したかのように大きく頷いた。
「こ、これってエロ本ってやつ?」
「うん、そうだね。でも初心者向けって感じで、そこまでエロくないよ。まぁ女の子の裸は見られるけどね?」
「へぇ……」
「あ、ほら、渉。アイスが溶けはじめてるから、どんどん食べちゃいな」
涼しい顔をしながら、道端に落ちている雑誌をペラペラと捲る正悟がひどく大人に見えた。
同い年なのに初めてエロ本を見て驚いている自分に、そういうことをたくさん経験してきた正悟。その差が悲しくなってしまう。
トロトロになってきたアイスを、ペロッと舌で舐め上げた。
「ねぇ、渉は女の子とエッチなことしたことあるの?」
「はぁ? なんだよ、突然」
先程立ち寄ったコンビニで買ったアイスを咥えながら、渉は目を見開いた。突然この男は何を言い出すんだ……。開いた口が塞がらないとは、まさにこういう時のことを言うのだろう。
そんな渉にはお構いなしに、正悟は淡々と話を続けた。
「いや、渉って全然汚れてなくて純粋っていうイメージが強いからさ。そういうことしたことあるのかな?って興味が湧いただけ」
「そっか……」
「で、実際どうなの? エッチなことしたことある?」
「だーかーらーさぁ」
うっかりアイスを落としそうになってしまったから、夢中でアイスに噛みつく。その瞬間キーンと頭に痛みが走った。
「俺には親が決めた婚約者がいるけど、そういうことはしたことがない」
「あぁ、やっぱり。そんな気がした」
「エッチどころか、手を繋いだこともないし、キスだってしたことねぇもん。ってか、別にしたいとも思わないし」
「え?」
今度は正悟が目を見開く番だった。この年でキスもしたことがないのか? と呆れられてしまっただろうか……。正悟の顔を見るのが怖くて俯いた。
「俺さ、ずっと前から好きな人がいたんだ。親が決めた婚約者じゃなくて別の人。離れ離れになっちゃったから今は会えなくて……。でも俺は、もう一度会いたいって思ってる。だから、ファーストキスも初体験も、絶対その人とがいい。だから大切に取っておいてる」
「そっか」
「気持ち悪いって思っただろう? いい年した野郎がそんなこと考えてるなんて……」
恥ずかしくなった渉は照れ隠しのために、フイッと正悟から視線を逸らす。ずっと前から好きだった相手を目の前に、強がることしかできない自分が情けない。目頭が熱くなった。
「全然気持ち悪くなんかないよ。逆にすごく可愛いなって……そんなにも渉に想われている人が羨ましいなって思ったよ」
「な、何言ってんだよ」
「ほら、口の周りにアイスがついてる」
そう笑いながら正悟が手を伸ばし、指先でアイスを拭ってくれる。正悟の指が触れた瞬間、またビリビリッと甘い電流が駆け抜けていった気がした。
体がどんどん熱くなって、体の芯が疼きだす。体から甘ったるい香りがしたような気がして思わず目を見開いた。これじゃあ、まるで……。
「本当に渉は子供みたいで可愛いね」
そのままアイスのついた指を躊躇いもなくペロッと舐める。
「あ……」
トクンと心臓が跳ねた。鼓動がどんどん速くなって、頬が熱を帯びていく。『可愛いね』その言葉が胸を甘く締め付けた。
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