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第四章 もう一つの記憶①

 正悟は時々、渉の前から不意にいなくなることがある。はじめはトイレだろうと思っていたけど、なかなか帰ってこないから気になってしまう。  一度気になってしまえば、そのことが頭から離れなくなってしまい……気付けば正悟の姿を目で追うようになった。 「……よし、今日こそ行ってみよう」  不思議に思った渉はそっと正悟の後をついて行ってみることにした。もしトイレだったら「お前、トイレ長すぎんだろう?」とからかってやろうと思いながら。  正悟が急にいなくなる理由なんて、別に大したことではないと思っていた。でもそれは渉の大きな間違いで……。この後、渉は深く考えもせずに正悟の跡をつけたことを後悔することとなった。    そこは普段あまり生徒が寄り付かない場所だった。昼間でも薄暗くて埃っぽい。まだ学校そのものに慣れていない渉は、来たこともない場所でもある。 「あれ? 正悟どこ行った? ヤバ……見失ったかな」  正悟の姿を見失ってしまった渉は不安に駆られる。勢いでここまで来たものの、帰り道もわからない。 「俺は正悟がいなければ何もできないのかよ」  大きく息をついたとき、ふと正悟の声が聞こえてくる。 「あ、正悟の声だ。よかった」  嬉しくなった渉は、ある教室に駆け寄り、扉を開けようとした瞬間……その手を無意識に引っ込めた。 「ねぇ正悟ぉ。今日暇? 柚乃(ゆの)()来る? 今日親が出掛けてていないんだぁ」 「へぇ、そうなんだ。どうしようかなぁ」 「なにそれ、めっちゃ意地悪じゃん!? 柚乃知ってんだよ。正悟さ、進学コースの恵茉(えま)(つむぎ)ともエッチしたでしょ? ヤリチン過ぎるんだよぉ!」 「別に、僕は柚乃と付き合ってるわけじゃないんだから関係ないでしょう? 嫌ならもう僕に構わないで」 「なんでそんなこと言うの? ごめんね、正悟、怒らないで。柚乃、正悟のこと大好きだから」 「ふふっ、別に怒ってないよ」  聞いてはいけない、そう思っても足に根が生えてしまったかのように動けなくなってしまう。聞きたくなんてなかった、こんな会話……。面白半分で正悟の後をつけてきてしまったことを、深く後悔した。  時々風の噂で聞こえてくる正悟の女関係。それは真面目そうに見えて遊んでいるという噂ばかりだった。  そんなはずはない。渉はそんな噂を信じることなんてできなかった。  だって仁は真面目な人だったのだから。宗一郎と恋人同士になってからは、一度だって浮気なんてしたことがなかったし、それ以前にも浮いた話なんて聞いたことさえなかった。真面目にたった一人だけを愛し抜く人……そんな仁のイメージがどんどん汚れていくのを感じた。  ――やっぱり、正悟は仁さんの生まれ変わりではないのだろうか? だって、仁さんはそんな人じゃなかった。  目の前が涙で滲む。渉にはわからない。正悟は仁の生まれ変わりなのか……。お互い、また同じ時代に生まれ変わって、再会できたのではなかったのだろうか……。 「こんな仁さん見たくない」  頬を伝う涙をゴシゴシと手の甲で拭って、そっとその場を後にした。    

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