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もう一つの記憶④

 正悟とぎくしゃくした関係が続く中、渉は仁とは違う男の夢を見るようになる。今までは渉の夢には仁しか出てこなかったのに、その男は毎晩渉の夢に現れるようになった。 『宗一郎、また泣いているのかい?』 『(まこと)さん……』 『ほら、こっちに来い。俺が可愛がってやるから』 『ちょっと待ってください』  宗一郎が仁と会えずに寂しい思いをしている時、いつも声をかけてくれたのが誠だった。誠は有名な大商人の長男で、仁の家と古くから付き合いがあるようだ。  時々仕事の関係で仁の屋敷を訪れた時には、なぜか宗一郎の元を訪ねてくれる。  宗一郎と仁は公に逢引きすることなどできない関係だったから、一緒に過ごせる時間は限られていた。そんな寂しさを募らせている時に誠は宗一郎の元にやってきては、ちょっかいをかけてくるのだ。  はじめのうちは哀れなオメガをからかっているのだろうと相手にもしなかったが、こうも気にかけてくれると、うっかり弱い部分を曝け出しそうになってしまう。身も心も寂しい自分に優しくしてくれる誠に、少しずつ心を開いている宗一郎がいた。 『誠さん、なんで俺なんかを相手にするんですか? あんた程の容姿と家柄なら、ご自分と同じアルファをいくらでも娶れるだろうに……』 『なんでって、いつも言っているだろう? 俺は単純にお前の見た目が好きだ。それとその鼻っ柱の強さもな』 『はぁ? 見た目かよ』 『フフッ。そうむくれるな。仁が手放したくない気持ちもわかる。お前は女子みたいに可愛いよ』  そう笑う誠は同性の宗一郎が見ても惚れ惚れするくらいの男前だ。筋骨隆々な体からは男らしさが溢れている。烏の羽のように黒い髪は艶々と輝き、口角を上げて笑う姿は勇ましい獣のようで思わず視線を奪われてしまった。  仁とはまた違った魅力をもつアルファに言い寄られてしまうと、いけないことだ……とわかっていても、オメガの本能が揺らぐのを感じる。 『俺のところに来ればいい。俺の母親はオメガだから、第二の性とか、そんなくだらないことは気にしないぜ』  誠は一見遊び人風に見えるのだが、宗一郎と仁の関係を知ってもなお、周囲に言いふらすようなことはしない。宗一郎が今みたいに一人でいるときに度々声をかけてくるくらいだ。 『俺が宗一郎を幸せにしてやるよ』  誠の夜空のように真っ黒な瞳に見つめられると、吸い込まれそうになってしまう。頬が火照ってきたから慌てて視線を逸らした。 『幸せにしてやる。大切にするから、宗一郎……』  誠に抱き寄せられるところで、いつも目が覚める。 「なんて夢だよ……」  高鳴る鼓動を鎮めるために大きく息を吐いた。  夢の中では優しい誠。もしかしたら、正悟のことで寂しい思いをしている渉のために夢に出てきてくれたのかもしれない。渉を励ますために……。 「そんなわけないよな。あんな遊び人みたいな奴が、本気で俺のことを好きになるはずないだろう」  それでも考えずにはいられない。誠ももしかしたら令和の時代に生まれ変わっているのではないか? もしそうだとしたら、今どこにいるのだろうか? そんなことを考えていたら再び眠気に襲われて……。もう一度布団に潜りこんだ。

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