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もう一つの記憶⑤

「最近桐谷君、正悟と一緒にいないね?」 「ついにカルガモも親離れ?」 「な……!? そ、そんなんじゃないよ」  クラスメイトの女子に冷やかされた渉は耳まで真っ赤にしながら俯く。  無理もない。ついこの前までは渉は正悟にべったりだったのだから。    渉が正悟を突然避けるようになって数日が経過した。その間、正悟は何度も話しかけてきてくれたが、渉はそんな正悟に冷たい態度をとり続けている。 「ねぇ、ねぇ、どうなの? 桐谷君!」  興味津々と言った顔で渉を取り囲む女子の集団から逃げるように、渉は「トイレに行く」と言って廊下へと逃げ出した。 「女子って怖ぇ……」  大きく息を吐いてから目的もなく歩き出す。本当はトイレに行きたいわけでもないし、行く当てすらない。でも、渉にとって教室は酷く居心地の悪い場所に感じられた。 「体調が悪いとでも言って、早退しようかな」  そう呟いてから窓の外をボーッと眺めていると、突然誰かに腕を掴まれる。びっくりした渉が後ろを振り返れば、渉が今一番会いたくない人物が自分の腕を掴んでいた。 「正悟……」  咄嗟に正悟の腕を振り払おうと渉は腕を振り上げたが、正悟に力で勝てるはずなどなく……。正悟に腕を掴まれたまま、何も言えずに俯いた。 「なぁ、渉! 何で僕のこと避けてるんだよ。僕、渉に何かした?」  そんな寂しそうな顔をされてしまうと、正悟のことを傷つけたいわけではない渉の心は痛んだ。しかし、仁であって仁ではない正悟の傍にいることが、今の渉には辛かった。  正悟は自分のことを宗一郎としては見てくれない。そんな現実を突き付けられることが悲しかったのだ。 「別に避けてないよ」 「嘘だ。渉、嘘が下手過ぎるだろう?」 「本当に避けてないから」 「嘘だ」  その言葉に渉は何も言い返すことができない。この賢い男にどんな嘘をついても、全て見破られてしまうだろう。それでも嘘をつき続けるしかなかった。  どうして、自分だけ前世の記憶をもって生まれ変わってきてしまったのだろうか?  どうして、正悟には前世の記憶がないのだろうか?  どうして、どうして……?  いくら悩んでも答えなんて出るはずはないのに、考えずにはいられない。あの時、生まれ変わったらまた会おうって約束したのに……。 「仁さんの嘘つき」  正悟には聞こえないような小さな声で呟いた。  涙が滲んできたから慌てて手の甲で涙を拭う。  こんなことならば、出会わなければよかった。そんな、思いもしなかったような感情が駆け巡る始末で、渉は胸が張り裂けるほどの痛みを感じては、頭を抱えたいような気持ちになっていった。 「別に避けてなんかないよ。ただ俺と正悟はやっぱり生きてきた環境が違うから、もっと違う自分に釣り合った友達が欲しいなって思っただけ」 「なんだよ、それ……」 「俺と一般家庭出身の君はどう考えても釣り合うはずがない、ただ、それに気付いただけだよ」 「そっか……わかった」  その瞬間、正悟が傷ついた顔をする。そんなのは当たり前だ、渉はこの瞬間だけはわざと正悟を傷つける言葉を選んだのだから。……そうでもしないと、この男は引き下がらないと思って。 「あの時、渉にキスしたいなんて言ってごめんね。気持ち悪かったよな?」 「あ、いや、別に……」 「これからは、ただのクラスメイトとして渉に接するようにするから……本当に悪かった」  唇をギュッと噛み締めて俯く正悟。 「違う。悪いのは俺の方だから」 「え?」 「ううん、なんでもない」  正悟は何も悪くない。ただ渉のことを友達として大切にしてくれているのだから。それなのに、渉は友達の関係だけでは満足できなくなってしまっている。 もっと、正悟の特別な存在になりたいのだ。  それは『友達』なんて言葉では言い表せないような関係。まるで、運命の番のような――。  項垂れながら自分に背を向ける正悟の背中に、思わず抱きつきたい衝動に駆られた。「やっぱり友達でもいいから傍にいて」、そう叫びたくなるのをグッと堪える。  しかし、正悟と友達でいるということは、これから先も正悟が恋をするたびに傷つくということだ。仁と正悟を重ね合わせて苦しい思いをし続けていくことに、果たして自分は耐えることができるだろうか。  少しずつ離れていく正悟の背中を見つめることしかできない。  ――なんで、どうして、こんな出会い方をしてしまったんだろう。  『前』の時だってそうだった。身分違いで、周囲が許すはずのない関係に思い悩んだ。だから『次』の世に期待したはずだったのに。 「こんな再会、望んでないよ……」  渉は、運命を呪わずにはいられなかった。

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