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オメガになったアルファ⑤
「ねぇ、キスして?」
「渉……可愛い。キス、していいの?」
「うん」
震える手で、正悟の前髪を掻き上げてキスをねだった。正悟とキスなんてしたことがないけれど、仁と同じようなキスをするのだろうか? そう思えば、何十年ぶりかの触れ合いに胸が高鳴る。
そっと唇と唇が重なる感触に思わず身震いする。あぁ、変わらない……。正悟の柔らかい唇に、無意識に噛み付いてから軽く吸い付いた。
そんな渉を見た正悟が「可愛い」と目を細める。汗で額に張り付いた髪を掻き分けながら、優しく頭を撫でてくれた。
「もっと、もっとキスして」
「うん。もっとキスしようね」
もう一度唇が重なった瞬間、カチッと唇に固い物が当たる感触に、渉はうっすらと瞳を開く。
――やっぱり変わってない。仁の口付けだ。
小さく口を開いて正悟の舌を受け入れると、舌を絡め取られて優しく吸われた。気持ちよくて頭の芯がボーッとしてくる。気づけば渉の周りは甘ったるい香りで満たされ、息を吸うだけでむせ返りそうだった。
「渉、君はオメガなの?」
「……は? 何言ってんだよ? 俺はアルファだぞ」
「でもこの香りはオメガが放つフェロモンだろう? 君は今、ヒートしているオメガに見えるよ」
「ヒート……?」
今までアルファとして大切に育てられた渉は、オメガがヒートする場面に出くわしたことがなかった。だがこの感覚は知っている。なぜなら、宗一郎として生きている頃、何度も体験してきたことだから。
「嘘だ、俺はアルファだ……」
「君、ヒートを抑制する薬なんて持ってないよな?」
「持ってるわけないだろう? だって俺はアルファ……」
「いや、渉。これはオメガのヒートだ。ヤバイ、僕までラットしそうだ……!」
「ま、待って! 待って、正悟!」
「ふざけんなよ。こんないい香りをさせたオメガを目の前に、待てるわけないだろう」
勢いよく壁に押し付けられた渉は、その衝撃で一瞬呼吸が止まる。正悟の噛みつくような乱暴なキスは、まるで獣のようだった。
逞しくて気高くて、荒々しくて――。あまりにも雄々しい姿のアルファに眩暈がしてくる。
仁もそうだった。普段は穏やかな性格をしているが、宗一郎がヒートした時にだけ、目をぎらつかせて宗一郎を抱いた。荒い呼吸を繰り返し、獣のように体を舐めまわす姿に、更に欲情を掻きたてられて。
身籠ることも、番うことも許されるはずなどなかったけれど、仁に抱かれることができた宗一郎は幸せだった。
オメガの自分が、こんなにも立派なアルファに抱かれるなんて、夢のようだったからだ。
今、自分の目の前でラットする正悟は、仁と同じだった。そんな正悟が愛おしくて、でも切なくて……。自然と涙が溢れて頬を伝う。
「渉、渉……」
「あ、あッ、はぁ……」
お互いの唾液にまみれた激しいキスに、息次ぐ暇さえ与えてもらえない。崩れ落ちそうになる体を、正悟がしっかりと支えてくれる。
「なぁ抱いていいか? 渉を抱きたい」
「あ、あぅッ、はぁ……抱いて、抱いて、正悟……」
荒い呼吸を繰り返しながら項を甘噛みされる度に、ビクンビクンと体が跳ね上がる。
「あ、あッ。抱いて、抱いて……項 、嚙んで……」
「あんまり可愛いこと言うな。我慢できなくなる」
「我慢、しなくていい……お願い、噛んで……正悟の番にして……」
「渉、可愛い。可愛い。噛むよ。それで、僕たち、番になろう」
「うん、噛んでぇ」
あまりに激し過ぎるキスに頭の中が痺れた。涙がボロボロと溢れ出して、汗と共に二人の口内に流れ込んでくる。それを唾液と共に余裕なく飲み込んだ。
「いい匂い、めちゃくちゃいい匂い……」
「仁さん、仁さん、好き。会いたかった……」
全身から甘い香りが発せられるのを感じながら、渉は意識を手放す。
薄れゆく意識の中で、渉は首筋に鈍い痛みを感じたのだった。
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