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オメガになったアルファ⑦
ガンッ!
風圧で吹き飛ばされるのではないか? というくらいの勢いで扉が開いたものだから、渉は体を強張らせる。一体何が起きたんだ……? 次の瞬間、鼻息荒く、顔を真っ赤にして部屋に入ってきたのは、渉の父親と数人の部下だった。
「父さん」
そう呼びかけようとした時、パンッという音と共に左の頬に鈍い痛みを感じた。頬は次第に熱を帯びてジンジンと痛みだす。自分が父親に平手打ちを食らったのだと理解するまでに、少しだけ時間がかかった。
「なんで……?」
「なんでも糞もあるか!? アルファとして生を受けさせてやって大切に育てたのに、オメガのような下級なものに転換などして……お前は桐谷家の恥さらしだ‼」
怒りに我を忘れているようで目は血走り、握り締められた拳はブルブルと震えている。
「その首の噛み傷はどうした?」
「え? ……噛み傷?」
「オメガになった瞬間に発情して首を噛まれたなんて……恥知らずもいいところだ。淫乱なオメガめ‼」
まるでゴミを見るかのように冷たい視線を向けてくる父親の言葉に、渉は思わず言葉を失ってしまった。恐る恐る首筋に手を当ててみれば包帯が綺麗に巻かれているし、ズキンズキンという鋭い痛みも感じる。
「どこの馬の骨ともわからない輩と番になったというのか!? この親不孝者が!!」
「…………!?」
殴られる……そう感じた渉は体にギュッと力を籠める。しかし、そんな渉の前に立ちはだかったのは、あの青年だった。
「桐谷様、どうかこれ以上渉君を責めないであげてください」
「い、いや、しかし……」
「渉君も急にオメガに転換してしまったばかりで戸惑っていることでしょう。そんな彼をこれ以上虐めないであげてください」
「ちょ、ちょっと、櫻井君。どうか頭を上げてください」
「……櫻井……って、やっぱり……」
先程自分に接していた時の態度と打って変わって、礼儀正しく自分の父親に頭を下げる青年。権力主義者の父親がここまで気を遣っているのだから、櫻井と呼ばれたこの青年も良家の令息なのだろう。
「渉君の項を噛んだのは僕です。抑制剤が効くまでの間に、彼に付き添っていた僕もラットしてしまい……渉君の許可を得る前に、彼の項を噛んでしまったのです。大変申し訳ございませんでした。しかし、この責任は、きちんと取らせていただきます」
「ちょ、ちょっと櫻井君!! 別に君が嚙んだというのであれば全く問題はないのですから!! どうか頭を上げてください!!」
櫻井が更に深く頭を下げれば、渉の父親が真っ青になった。渉はそんな光景を呆然と見つめた。一体この人達は何を話しているのだろうか……。
頭の中が真っ白で会話がまるで頭に入ってこない。
――自分はオメガに転換して、櫻井という青年に項を噛まれた?
自分の身に起こったことが理解できずに、一人だけ取り残されたような疎外感を感じた。
ペコペコと頭を下げ続けて、部屋を後にした父親を黙って見送る。櫻井と二人取り残された部屋には怖いほどの静けさが訪れ、その静寂が怖くて思わず身震いした。
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