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オメガになったアルファ⑧

「随分賑やかな御父上だね」  櫻井が笑いながら、渉がいるベッドの端にそっと腰を下ろした。 「まだ顔色が悪いようだな?」 「やめろ! 触るな!」 「おっと……」  自分の頬に触れてこようとした櫻井の手を払い除ける。体が自然と震えて、涙が溢れ出しそうになった。 「もう意味がわかんねぇよ。なんで突然オメガになって、あんたに項を噛まれなきゃいけねぇんだよ。項を噛まれたってことは、あんたと番になったってことだろ? なんで見ず知らずのあんたの番にならなきゃいけねぇんだよ?」 「見ず知らず、か……。随分と寂しいこと言うな」 「は?」  涙をボロボロと流しながらも強がる渉の顔を覗き込みながら、櫻井がポツリと呟く。渉を落ち着かせるためだろう。そっと背中を擦ってくれた。それがなぜか心地よく、懐かしさを伴っていた。 「君には香夏子っていう婚約者がいたけど、君がオメガになった今、彼女と結婚してもアルファの子供を授かる可能性は低い。だから彼女の父親が婚約を破断させた。そして、新たに俺が君の婚約者に選ばれたんだよ」 「あんたが俺の婚約者?」 「そうだ。櫻井財閥の次男である俺が、お前の新しい婚約者、櫻井慧(さくらいけい)だ。お前は俺と結婚して子供を孕む。そして二人で桐谷家を受け継いでいく――。それが、俺達に望まれた未来だよ。俺は子供がオメガでも別に構わないしな」 「なんでだよ? 生まれてくる子供だって、アルファのほうがいいだろう?」 「子供の第二の性なんて関係ないよ。君が俺のものになるのであれば……」  そううっとりと微笑む青年には、やはり見覚えがあった。 「櫻井慧って、お前、幼馴染の……」 「その通りだよ。お前は最近本当につれなくて、お茶に誘っても断られてばかりだし、誕生日に薔薇をプレゼントしてもお礼の一つもない。こんなに寂しいことがあるかよ? 俺はこんなにお前を想っているのに……」 「はぁ? ふざけんなよ?」  突然現れた幼馴染の言っていることがあまりにも突拍子がなくて、渉は慧を睨みつけた。香夏子が駄目なら慧……。そんな自分以外にとって都合のいい話があってたまるか。 「残念だな。もう両家で話し合って決まったことだ。まだ子供のお前が覆すことは難しいだろうな?」 「嫌だ、嫌だ、そんなの……だって俺は……」 「なんで嫌なんだ? やっぱりお前は仁がいいのか?」 「……え?」 「生まれ変わっても、やっぱり仁がいいのかって聞いてるんだ」  渉は言葉を失ってしまった。櫻井を見た瞬間、どこか懐かしい感じがしたのも、背中を擦られた時に心地よさを感じたのも決して気のせいではなかったのだ。 「なんでお前は、そんなに仁が好きなんだよ」  不機嫌な声を出しながら自分をギュッと抱き締める腕に、渉は覚えがあった。仁と会えなくて寂しい思いをしている時にいつも自分を慰めてくれた優しい腕。たった一瞬でも、寂しさを忘れさせてくれる……そんな存在だった。 「もしかして……あんた、誠さんか?」 「気づくのが遅いんだよ、馬鹿が」  不貞腐れたように呟きながら、荒々しく渉を引き寄せた。その腕から逃れようと体を捩らせるが、力の強い慧から逃れることなどできるはずがない。 「いいか、よく聞け。学校で突然ヒートしたお前はここに運ばれてきたんだ。抑制剤が効くまでの間、お前があまりにも苦しそうだったから、ヒートを鎮めるために俺がお前を抱いた。これが真実だ」 「…………!?」 「それから、ここに噛みついた」 「う、嘘だ」 「嘘じゃねぇよ。明治時代、俺はお前の婚約者ではなかった。でも転生した今は違う。俺はお前の婚約者だ。別に番になったところで全く問題はないだろう?」  渉の項を包帯の上からトントンと指先で突きながら、片方の口角をクッと上げる。そんな風に笑う所なんて、本当に誠にそっくりだ。 「お前、誰かに抱かれたのは初めてだったんだろう? 悪いな、初めてを奪っちまって」 「初めて……。そ、そんなん関係ないし……」 「せめてもの罪滅ぼしに、前世では可愛がってやれなかった分まで、今世では可愛がってやるからな」 「嘘だ、俺はお前と番になったなんて信じてねぇからな!」 「ふふっ。その強気な所に惚れたんだ。大事にするよ」  不敵に笑う慧を睨みつけることしか、今の渉にはできなかった。    

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