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本当の番②

「あの時は、本当にごめん。君がヒートしているとは言え、僕は渉の項を噛もうとした」 「あ、いや、別に……」  辛そうな顔をしながらゆっくりと言葉を紡ぐ正悟を前に、渉は無意識に項の傷を手で覆う。傷を見られたくない、咄嗟にそう感じたのだった。 「本当にごめん。渉にはずっと想っている人がいることを知っていながら……謝って済む問題じゃないね。もし渉の気が済むのであれば、一発殴ってもらって構わないから」 「そんな……正悟のせいだけじゃないよ。急にヒートした俺が悪いんだ……」 「そんなことないよ。本当にごめん」  もしかして、きちんと眠れていないのだろうか? 正悟の目の下には濃い隈が浮かんでいるし、疲れた顔をしている。それでも渉のことを気遣うその優しさに、渉の方が申し訳ない気持ちでいっぱいだった。  ――もし正悟に本当のことを話したら、一体どんな反応をするだろうか?  それは渉がずっと考えていたことだった。包み隠さず正悟に全てを打ち明けたい……それが渉の本心だから。もしかしたらあの時の記憶が正悟にはあって、「渉の項を噛んだのは僕なんだ」。そう言ってくれるかもしれない。いや、そうであってほしい。  ――俺の番は、正悟であってほしいんだ。  キュッと唇を噛み締めて、傷口からそっと手を離す。 「正悟、これから俺、大切なことを話すから真剣に聞いてくれるかな?」 「あ、うん。もちろんだよ」  突然真剣な顔をする渉に戸惑いつつも、正悟がしっかりと向き合ってくれていることがわかる。そんな真面目さも仁にそっくりだった。馬鹿がつくほど真面目で、何をしても一生懸命で……そんな仁が大好きだった。 「絶対に俺を嫌いにならないって約束できる?」 「え? 突然なんだよ?」 「いいから約束して。絶対に嫌いにならないって」 「……わかった。絶対に嫌いになんてならないよ」 「よかった」  項から手を離した瞬間、屋上に強い風が吹き抜けて、渉の伸びた髪をサラサラと揺らした。恐怖心から体が小さく震えている。渉は意を決し、襟足の髪を片手でそっと掻き上げて、正悟に静かに背を向けた。 「お願い、嫌いにならないで」 「え? その傷って……」  渉の項を見た正悟が泣きそうな顔をする。なぜ泣きそうな顔をしたのかがわからなくて、渉まで泣きたくなってしまった。 「なぁ、正悟。お前はこの傷に心当たりがあるか?」 「それは、渉の項を噛んだのは、僕かってこと?」 「うん。この噛み傷をつけたのは正悟なの?」  正悟は呆然としながら渉を見つめている。その瞳は虚ろで、何を考えているのか読み取ることさえできない。正悟の返事を聞くのが怖くて、渉の瞳から涙がポロポロと溢れ出した。   「正悟ぉ……」  肩を揺らして泣き出した渉の項に正悟がそっと触れる。その感触に体が小さく跳ねた。優しく傷口を撫でられていることに気付いた渉は、そっと顔を上げる。  切れ長の瞳にたくさんの涙を浮かべながら自分を覗き込む正悟に、渉は勢いよくしがみついた。

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