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本当の番③

「ごめん、ごめんね、渉。正直その傷を見てびっくりした。でもそれと同時に、その傷をつけたのが自分ならいいのに……って思った」 「正悟、正悟……」  子供みたいに泣きじゃくる渉を、正悟はギュッと抱き締め返してくれた。背骨が折れてしまうのではないかと思うくらい強く……。 「でも、渉が初めてヒートしたあの日の記憶が僕にはないんだ。気が付いた時には渉の姿がなくて、僕は保健室に寝かされていた。渉はどうしたのか? って色んな人に聞いたけど、先生も友達も誰も教えてはくれなかった」 「ずっと、俺のことを心配してくれてたの?」 「当たり前だろう? ずっとずっと心配してた。あの後急に学校にも来なくなっちゃったし、もうどうしたらいいかわからなくなって……一度だけ、渉の家にまで会いに行ったんだ」 「そんな……知らなかった」 「そうだよね。渉の家は想像以上に立派で、僕なんて門前払いだった。それでも渉に会いたいって食い下がったら、君の婚約者だっていう人が出てきてくれたんだ」 「慧さんが?」 「あの人、慧さんっていうんだね? 凄くいい家の出身で、アルファだっていうことが一目でわかったよ。悔しいけど、僕なんて足元にも及ばないくらいだ」  正悟が綺麗な顔を歪めながら首を横に振る。そのあまりにも痛々しい姿に胸が締め付けられた。 「慧さんっていう人が、渉が前に話してた婚約者なの?」 「慧さんは、俺はオメガに転換してから、新しくできた婚約者だよ。正悟に話したときには、香夏子っていう女のアルファが婚約者だった」 「なんだよ、それ……。オメガになったからって婚約者が変わるの? そんなの普通あり得ないだろう? 渉の気持ちを全然考えてないじゃないか!?」  正悟が語気を荒げながら渉の腕を掴む。そのあまりの力強さに、渉は思わず顔を顰めた。 「仕方ねぇだろう!? 俺は親にとってただの道具なんだから!」 「そんなの、あんまりじゃないか!? 渉が可哀そうだ!」 「……関係ないだろう……」 「なに? 渉、聞こえない」 「俺が誰と結婚しようが、正悟には関係ない」 「渉……」 「だって、正悟は俺の番じゃないんだろう?」 「…………」  渉の言葉に、正悟が酷く傷ついた顔をする。 「……僕、慧さんに言われたんだ。自分は渉の婚約者だから、もう渉に構うのはやめてほしいって。渉は自分と番になったのだから、渉は自分のものだって……」  それから唇を噛み締めた後、ポツリと声を震わせながら言った。その声はあまりに小さく、渉の胸が押し潰されそうになる。 「そんなことを慧さんが……」 「ねぇ、渉」  正悟が渉の頬を両手で包み、静かに上を向かせる。痛いくらいに真剣な眼差しをした正悟と視線が絡み合った。 「渉の項を噛んだのは僕? それとも慧さん?」 「…………」 「もしかしてあの日、僕の記憶はないけれど、僕が君の項を噛んだかもしれない。もしかしたらだけれど、僕はそうであってほしい。二人が番になったなんて、慧さんが僕から君を遠ざけるためについた嘘だって思いたい。だって、僕は誰かに渉をとられたくないんだ」 「正悟……それって、どういう意味なの?」 「ねぇ、その項を噛んだのは誰? 教えて、渉……」  正悟の悲痛な声が、渉の心を深く抉る。それでも渉はその問い掛けに答えることができなかった。  

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