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本当の番④
渉に番ができたことは、瞬く間に学校中に知れ渡った。
「桐谷君ってアルファじゃなかったの?」
「超有名な桐谷財閥の長男って、どんな人と番になるんだろう?」
「もしかして、正悟とか?」
好奇の視線を向けてくるクラスメイト達から渉を守ってくれたのは正悟だった。それがとても嬉しかったけれど、苦しくもある。
『その項を噛んだのは誰?』
結局渉は、正悟の問い掛けに答えることはできなかった。
好奇の目に晒され続けた一日はとても長く感じられ、帰宅時間になる頃にはすっかり疲弊しきってしまっていた。
「渉、明日も学校に来てね」
そんな渉を心配してか、正悟が笑顔で話しかけてくれた。自分だって隈だらけで疲れ切った顔をしているくせに。その姿が、あまりにも痛々しくて苦しくなる。
「正悟も俺のことを少しは好きだと思ってくれているのかな? それとも、友達として大切にしてくれているだけなのだろうか……」
柴崎の運転する車に揺られながら、ボンヤリと外を眺めていた渉。ふと、思考を遮ろうとする柴崎の声が聞こえてきて我に返った。
「坊ちゃん、聞いておりますか? 坊ちゃん!」
「ん? なに? ごめん、聞いてなかった」
「まったく、何をボーッとされているのですか? 本日は櫻井様との結納に向けての準備の為に、これから外出ですぞ?」
「は? これからどこに行くって?」
「ですから、結納のとき着用されるお着物を見にいくのです。櫻井様はもうご自宅でお待ちですよ」
「は? 結納って……何を急に……」
「急にではありません。櫻井様と番になられた以上、すぐにでも結納を済ませて入籍されたほうがいいと、御父上をはじめ、みんなが思っていることです。盛大なお式も挙げねばなりません」
「そんな……」
「では、急ぎますぞ」
いつも以上に張り切った柴崎の運転する車は、渉の自宅へと向かってスピードを上げたのだった。
渉は憂鬱だった。
ずっとアルファとして生きてきたはずだったのに、突然オメガに転換してしまった。それだけでもパニックだというのに、目の前には渉が予想もしていなかった婚約者が現れて、自分達は番になったと聞かされた。そして、自分の意志とは関係なく結婚の話がどんどん進んでいく。
周りを見渡せばお祝いムードで皆が楽しそうだ。皆が自分の門出を祝福してくれている……。そんなことはわかっているのだけれど、渉の気持ちは置いてけぼりだ。
『嫌だ。結婚なんてしたくない』
そう声を上げることすらできない。ただ、物のように扱われていることが悲しくて仕方がなかった。
このまま慧と結婚して彼の子供を産み、育てる。きっと彼は優秀なアルファだろうから、彼に任せておけば父親の会社も安泰だろう。それに彼は、誰に見せても恥ずかしくない容姿も持ち合わせている。
それはまるで絵に描いたような理想的な人生だけれど……渉は幸せではなかった。
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