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本当の番⑤
「おかえり、渉」
「あ、ただいま」
「制服姿も可愛いな」
「は? 何だよ、急に。気持ち悪ぃ」
家に着けば慧が出迎えてくれる。それは、まるで夫が自分の帰りを出迎えてくれているようで照れくさくなった。渉の制服姿が余程気に入ったらしく目を細めている。
「俺は案外、子供っぽい子が好きなのかもな?」
「すみませんね、童顔で」
「ふふっ。子供みたいで可愛いって褒めてんだぜ?」
嬉しそうに笑う慧を見ていると、案外いい人なのかもしれない、そう思えてくる。
もし慧と結婚したら大切にしてもらえるのだろうか。前世から自分を想い続けてくれたような男だから。そう自分に言い聞かせてみるけど、やっぱり納得なんてできるはずもない。
「せっかくだから制服のまま出掛けようか?」
「出掛けるってどこに?」
「結納の時に着る衣装を見にいくんだよ」
「あぁ、そっか……。もう話は大分進んでるんだな。俺の知らないところで……」
「なんだよ、今更。柴崎から何も聞いてないのか?」
「聞いていたけど……本当にそうだとは思わなかった」
「まぁ、あんまり深く考えるな。流れに身を任せてしまえばいい。俺は前世からお前のことを想っていたんだ。幸せにしてやるよ」
いつものように不敵な笑みを浮かべながら、渉の頭を撫でてくれる。この手は嫌いではない、嫌いではないのだけれど……。
「仁のことなんて、さっさと忘れちまいな」
「は?」
「前世だって、お前と死ぬことしかできなかった、ただの負け犬だ。仁の生まれ変わりは、正悟っていう男だろう? この前会ったけど、生まれ変わった今だって、過去の記憶すらないじゃないか? そんな薄情者のことなんて、さっさと忘れちまいなって言ってんだよ」
「…………」
「わかったならさっさと行くぞ」
渉は慧の言葉に何も言い返すことができなかった。悔しくて唇を噛み締める。
慧に肩を抱かれ、彼の運転する車に乗り込んだ。
◇◆◇◆
慧に連れてこられた店は、有名な老舗呉服店だった。東京の一等地にあるのに、木造づくりの建物は風流がある。そこだけまるで時間がゆっくり流れているような店だった。自動ドアがゆっくり開くと、お香の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「ようこそおいでくださいました、櫻井様」
「あぁ、よろしく頼むぞ」
「はい、かしこまりました」
店主と思われる初老の男が店先まで出てきて、慧に向かい深々と頭を下げる。慧はそんな王様のように扱われる対応にも慣れているのだろう。実に堂々とした態度で店の中に入って行ってしまう。
あまりにも仰々しい対応に渉が困惑していると、
「おい、早く来い。行くぞ」
「あ、はい」
わざわざ渉の所まで戻ってきて、手を握ってくれる。慧に手を引かれ引き摺られるように店内へと進んで行った。それを見た店主が「実に微笑ましいですね」と顔を綻ばせている。
はたから見れば、結納を控えた幸せそうなカップルに見えることだろう。そんなことは全然ないのに……。
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