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本当の番⑦

「渉……」 「え、な、なんだよ」  突然背中から慧に抱き締められた渉は、咄嗟に全身に力を籠めた。店主に見られてしまう……そう思い店の中を見渡してみたが、店主の姿はもうない。恐らく二人きりにさせてやろうと気を遣ったのだろうが、渉からしたらいい迷惑だった。 「やめろ、離せ」 「嫌だ」  慧の体を突き放そうとしたが、元々体格差がある上に力で慧に勝てるはずなんてない。結局渉は諦めて大きな溜息を吐いた。 「よく似合っている。綺麗な花嫁だぜ?」 「絶対に嫌だ。俺はお前と結婚する気なんてない」 「何を言っているんだ? 俺とお前は、もう番なんだよ」  耳元で囁かれて、首筋に慧の温かい唇が押し当てられる。ゾクゾクッと寒気が走ると同時に、鏡の中の慧と視線が合った。  鏡の中にいる慧は、血に飢えた獣のような目をしている。最早オメガである渉は、今の慧には、簡単に食べられてしまうことだろう。恐怖を感じた渉の体は、足に根が生えたように動けなくなってしまった。 「もう何年もこうしてお前と結ばれることを夢見てきたんだ。そして今、ようやくその夢が叶う」 「嫌だ、嫌だ。俺は結婚なんてしたくない!」 「本当に諦めが悪いな。俺達は、こうして今世で結ばれる運命だったんだ」 「運命?」 「そう、運命だ」  違う、こんなものは運命ではない。自分の家の地位や名誉、名声のために渉は自分の人生を利用されているだけだ。    仁の時もそうだった。仁の知らないところで勝手に縁談が決まり、結婚することとなったのだ。そして、密かに二人で想い合っていたこともバレてしまい、抵抗する間もなく簡単に引き離されてしまった。  仁は何度も何度も自分の父親に頭を下げ、宗一郎と結婚したいと懇願してくれた。  しかしそんな願いも空しく、今度は宗一郎の結婚相手が決められてしまったのだ。その相手が誰かだなんて、結局知ることもなかったのだけれど……。   『宗一郎、共に死のう』  宗一郎の手を握り、言葉を紡ぐ仁の顔を忘れることなんてできない。 『そして、また来世で巡り合おう』  その言葉を聞いた瞬間、もうこれしか自分達には残されていないのか……と心が張り裂けそうになった。それでも仁と一緒ならば、それでもいいと思えた。 『わかりました。一緒に参ります』  微笑みながら仁の手を握ったのを、昨日のことのように覚えている。  ――なぜ、こんなにも運命に左右されてしまうのだろう。  真っ白な着物を羽織った自分の姿を見ているうちに、悲しくなってしまった。  

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