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本当の番⑧

 やっぱり結婚なんて……渉がそう言おうと口を開いた時、店先が騒々しくなる。「お客様お待ちください!」と叫ぶ店主の声が店の中にまで響き渡った。 「なんだ、騒がしい」  慧が舌打ちをしながら店先に視線を移す。この高級呉服店に不釣り合いな大きな声は、どんどん近付いてきて渉は息をのむ。 「……え……?」 その声の主を見た渉は思わず言葉を失った。 「渉!」 「な、なんで……?」 「渉! ようやく見つけた」  店先から姿を現したのは、正悟だった。  きっと走ってきたのだろう。顔を真っ赤にしながら肩で息をしている。必死な形相で自分に向かって駆け寄ってくる正悟に、胸が熱くなった。 「正悟、どうしてここに?」  着物がはらりと床に落ちたことも気付かず、渉は正悟の元に歩み寄る。正悟の横では店主が真っ青な顔をしていた。 「どうしてじゃないよ! 今日、渉、元気がなかったから、心配で渉の家に行ってみたんだ。そしたらお手伝いさんから、新しい婚約者と結納の準備のために出掛けたって聞いて……。だから僕びっくりして、君を探し回ったんだ」 「なんで、そんな……」 「結納って、渉、結婚するのか?」 「うん。そう決まったみたい」 「みたいって……」  あまりにも真剣な顔の正悟を直視できず、渉は思わず視線を逸らす。「ずっと前から好きな人がいる」と、正悟に話しておきながら、別の男と結婚する自分が恥ずかしく思えた。 「だって、君はずっと前から好きだった人がいるって話してくれたじゃないか?」 「もういいんだ、その人のことは……」 「もういいって、どうして……」  唇を噛み締めて拳を強く握る。仁のことがどうでもよくなったなんて、そんなことは絶対にあり得ない。渉は思い出してから今まで、一日たりとも仁のことを想わなかった日はなかったのだから。  しかし両家が決めたという、慧との結婚から逃れられるとも思えない。諦め……そんな言葉が渉の脳裏に浮かんでいた。 「渉、あのさ……」 「突然家に押しかけてくるだけじゃ飽き足らず、今度はデートにまで乱入してくるとは……貴様、本当に非常識だな?」  何かを言いたそうに渉の腕を掴もうとした正悟の手を、慧が軽々と捻り上げる。「痛い」という正悟の小さな悲鳴が聞こえてきた。咄嗟に正悟を庇おうとすれば、まるで「近寄るな」と言わんばかりに慧が睨みつけてくる。  アルファの鋭い眼光を浴びた渉の体は、凍り付いてしまったかのように動かなくなってしまった。 「おい、貴様。なぜ、俺達がここにいるってわかった? 誰かから聞いたのか?」 「誰からも聞いてない」 「じゃあなぜ、俺達がこの呉服屋にいるってわかったんだ?」 「…………」 「言え、小僧」  慧が正悟を掴む手に更に力を籠めれば、正悟は顔を歪ませる。渉はそんな光景を見て居られず、思わず顔を背けた。

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