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本当の番⑨

「言え」 「……なんとなくだけど、渉の婚約者が渉を連れて行く場所は、呉服店の気がしたんです」 「なんだと?」 「僕にもよくわからないけど、渉にちょっかいをかける男は、呉服店と関係がある人物のような気がして……。だから、渉の家の近くにある呉服店を片っ端から探したんです。それで、ここに辿り着きました」 「お前、もしかして仁としての記憶が蘇りつつあるのか?」 「仁? 誰ですか? それ」  慧は引き攣った顔で正悟を見つめた。しかし、慧がどんなに正悟を睨みつけても怯む様子は見られない。逆に慧を睨み返す勢いだ。 「まぁいい。行くぞ、渉。もう結納に着る着物は決まった」 「え? ちょ、ちょっと待てよ……」 「では店主、頼んだぞ。騒がせてすまなかったな」  慧は正悟の体を突き飛ばすように離すと、渉の肩を抱き出口に向かって歩き出す。まるで自分達の仲を見せつけるような行動に、戸惑いを隠すことはできない。つい、すがるような視線を正悟に送ってしまった。  行きたくない……そう心では思っても体は凍り付いたように動かない。なんてオメガは弱いのだろうと、目頭が熱くなる。その時――。 「おい、誠。宗一郎から手を離せ!」 「え?」  正悟が渉と慧の間に割って入り、慧の腕の中から渉を奪い返す。その瞬間、渉は目を見開いた。 「……今、正悟、なんて言ったの?」 「え?」 「俺のことを宗一郎って……」 「じ、自分でも意味がわからないんだけど、勝手に口から出てきたんだ……」 「もしかして、正悟……記憶が……」 「記憶……?」  渉は呆然と立ちすくむ正悟の顔を見上げる。もしかしたら――。そんな期待をせずにはいられない。  自分と同じ時間を過ごすことで、真夏の太陽を受けた氷が少しずつ溶けていくように、正悟の前世の記憶が蘇ってきているのかもしれない。もしそうだとしたらと、渉の胸は高鳴った。 「チッ。行くぞ、渉」 「待って……俺は正悟に話が……」 「時間の無駄だ。お前の番も夫も、この俺なんだからな」  苦虫を嚙み潰したような顔をした慧に腕を掴まれて、引き摺られるように歩き出す。 「離せ、離せよ! 俺は正悟と……」  正悟の元へ行こうと必死に抵抗するが、慧にいとも簡単に抑え込まれてしまう。  今なら、仁としての記憶を完全に取り戻すことができるかもしれない。そう思った渉は必死に叫んだ。 「仁さん! 仁さん!」 「……渉……」  意味がわからない、といったように呆然とする正悟。  まるで二人を引き離すかのように、慧は渉を店の外へと連れ出したのだった。

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