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第七章 歪んだ真実①

 優秀な家庭教師に、世話好きな家政婦たちに囲まれた生活。それは正悟と出会うまでは当たり前だったもので、何不自由のない生活だ。  授業のたびに教室を移動する必要もなければ、部屋が暑いと汗を流すこともない。時間になれば温かな食事が毎日提供されるし、息を切らしながら階段を登る必要もない。  全てが今まで通りで、少しだけ窮屈だけれど、何一つ不自由のない生活に戻っただけ。  そう元の生活に……。  ただ、一度自由という楽しみを知ってしまった渉にしてみたら、この生活は少しだけ退屈だった。 「こら、家庭教師を困らせてはいけないよ」 「はぁ? 別に困らせてなんかねぇよ」 「ははっ、相変わらず口が悪いな」  軽やかなノックと共に部屋に入ってきたのは慧だった。  渉が高校に行かなくなって数日経つが、慧は暇を見つけては渉に会いにきている。「暇なのか?」と悪態をついても、慧は「どうしてもお前に会いたいんだよ」、と笑っているだけだった。  慧が目で合図をすれば、家庭教師が深々と頭を下げて部屋から出て行く。慧と二人きりになりたくなかった渉は、溜息を吐きながら家庭教師を見送った。 「ずっと家にいるのは退屈か?」 「別に、今更だよ。こんな生活は慣れっこだ」 「そうだな……」  慧が笑いながらソファに腰を下ろす。それから意味深な目で渉を見つめてから両手を広げた。その仕草を見た渉の頬が一瞬で真っ赤になる。 「ほら、渉、おいで」 「ふざけんなよ、絶対に嫌だ」 「いいからおいで」  あまりにも幸せそうに笑うものだから、渉は渋々と椅子から立ち上がる。そして、慧の腕にそっと身体を預けた。 「渉、いい子だな」 「黙れ」  悪態をつきながらも、少しずつ慧との関係を受け入れている自分がいる。渉と似て態度の悪い慧だが、渉にはとても優しかった。  こうやって抱き締めあうことはあっても、それ以上の触れ合いを求めてくることはない。渉の嫌がることはしないし、強引ではあるが渉の気持ちも尊重してくれる。  何よりも、寂しい思いをしている渉に毎日会いにきてくれることが嬉しかった。  ――こんな穏やかな時間も悪くないのかもしれない……。  渉は遠慮がちに慧に体を預ける。慧の温もりが少しずつ渉の体に伝わって心地いい。それでも、どうしても正悟を思い出してしまう。  目を閉じて、何度もこれでよかったんだ……と自分に言い聞かせる。 『渉』 「……正悟……」  正悟に名前を呼ばれた気がしてハッと目を開く。しかしそこにいたのは正悟ではなく、慧だった。 「仕方ないじゃん。これが運命だったんだ」  慧にギュッとしがみつけば、愛おしそうに抱き締め返してくれる。  今度はいつヒートが来るのだろうか……。慧の温もりを感じながら、渉はそう思った。

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