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歪んだ真実④

 香夏子の父親に会った日から数日後。  慧に呼び出された渉は、彼の仕事部屋へと向かった。何でも結納についての相談があるらしい。気は進まなかったが、逃げられないことを知っている渉は、逃げ出したい感情を押し込めた。  慧と結婚して男の子を産めば、両親にまた認めてもらえるかもしれない……そんな考えも頭を過ぎる。  深呼吸をしてから、「よし」と気合いを入れてコンコンと二度扉をノックした。  いくら仕方がないとわかっていても、やはり結納のことが話題に上がると憂鬱になってしまう。何より、正悟の顔が頭をちらつくのだ。 「未練がましいんだよ」  そう言いながら自分の頬をつねるのだけれど、結納を喜ぶ気持ちになど、いつまでたってもなりそうにない。  そんなことをドアの前で考えていたが、いつまでたっても慧からの応答はない。人を呼びつけておいて無反応とは何事だと、イラッときた渉はそっと扉を開けた。 「慧さん……」  小声で呼びかけてみるも室内に人の気配はない。 「慧さん、入るよ」  部屋に入り、ドアを閉めた。  慧の仕事部屋は、渉の父親が経営しているオフィスフロアの一角にある。すでに渉の父親の会社で、優れた能力を遺憾なく発揮している慧のために用意された部屋だ。  こんな特別な待遇を受けているのは、慧くらいのものだろう。それ程までに、渉の父親は慧に期待をしているようだ。     「戻ってくるまで待たせてもらおう」  もう何度もここを訪れている渉は、我が物顔で部屋の中に入り込む。相変わらず整理整頓された部屋をぐるりと見渡した。  慧は渉と違い、しっかり者だ。きっとこれから先も渉を支えてくれることだろう。 「あ、これ」  仕事用のデスクの上には山積みになっている書類がある。その山積みの書類とは別の場所に、大切そうに置かれていたのは結婚式場のパンフレットだった。 「……あの人、楽しみにしてくれているんだ」  色々な式場から取り寄せたのだろう。何冊ものパンフレットが並べられている。それを見た渉の胸は締め付けられた。  プルルルル……。 「わっ!」  静かな空間に突然響き渡る電話のコール音に、渉は跳ね上がるほどびっくりしてしまう。驚いた拍子に机に思い切りぶつかってしまい、綺麗に積まれた書類の山を崩してしまった。  慌てて手を伸ばしてみたが間に合わず、大量の書類が柔らかな絨毯の上に散乱してしまう。 「あちゃー! やっちまった」  渉はしゃがみ込んで慌てて書類を拾い始める。余程急用なのだろうか? 電話のコール音は鳴り止むことはなく、けたたましく鳴り続けている。  遠くから足音が聞こえてきたから、もしかしたらコール音に気付いた慧が、慌ててこちらに向かって走ってきているのかもしれない。  とにかく書類を拾わないと……。渉が床に散乱した書類を掻き集めていると、小さな白い封筒が目に留まる。 「なんだ、この封筒。……あれ? この封筒、どこかでみたような……」  それは小さな薬袋だった。渉はその封筒に見覚えがあるような気がするのだが、どこで見かけたのかを思い出すことができない。 「なんだ、この薬……」  渉が薬袋を拾い上げて眺めれば、そこには自分の名前が書かれており、その下には薬の名前が書き込まれていた。 「なんで俺の名前……しかもこの薬って……」  渉の体から一瞬で体温が消え去っていく。少しずつ鼓動が速くなり、どんどん呼吸が浅くなっていった。 「なんでこんな薬がここに……?」  渉が小さく呟いた瞬間、扉が開き、その音に体がピクンと跳ねた。慧が部屋に入ってくる光景が、まるでスローモーションのように感じられて……。いつの間にか電話のコール音が止んでいたことにも気付かなかった。

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