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歪んだ真実⑦
「ふざけるな……」
「渉?」
「ふざけるな!! 宗一郎と仁がどれだけ愛し合っていたか、お前にわかるかよ⁉ どんだけ一緒にいたいと願ったかわかるのかよ……!!」
「落ち着け、渉。落ち着け」
「落ち着いてられっかよ⁉ 俺はもう誰の命令も聞かねぇし、運命なんて信じねぇからな!! それに、お前となんか絶対結婚なんてしねぇ!!」
「渉、待て、どこに行くんだ!?」
「離せよ!!」
頭に血が上りきった渉は、無我夢中でドアに向かって走った。咄嗟に慧に腕を掴まれたが、それも思い切り振り払う。
「俺は生まれ変わっても仁さんが好きだ。もうあの人以上に誰かを愛することなんてない!!」
「なんだと?」
「俺は自分の意志で生きていく。自分の将来は自分で決める。だから、もう放っておいてくれ!!」
「何を馬鹿なことを……ほら、結納の時に着る着物もできたんだ。とっても綺麗だろう? きっと渉に似合うはずだ」
慧がうっとりと目を細めながら、来客用のソファに置いてあった桐の箱から取り出したものは、真っ白な着物だった。
その着物を初めて見たときに、あまりの美しさに花嫁が着る白無垢のように見えた。そして、それを着た自分を想像しただけで、胸が張り裂けそうになったのだ。
「嫌だ、俺は、そんなものいらない」
「そんなもの、だと……?」
「そうだ! 俺はあんたと結婚なんか絶対にしねぇ!」
「ガキが……。調子にのるなよ!」
「うぅ……ッ!」
ガタンと大きな音と共に、渉は背中に強い痛みを感じ思わず唸り声をあげる。その衝撃で呼吸が一瞬止まってしまった。
目の前が真っ白になり、意識が遠退いていく。
「まだ子どものくせに、あまりいい気になるなよ。大人を怒らせると怖いっていうことを、ちゃんと教えてやらなくちゃわからないのか?」
「…………」
「いいぜ? 今ここで教えてやっても」
渉の意識がはっきりしたときにはデスクに押し倒され、慧に馬乗りになられていた。手首を思いきり押さえ込まれ、その痛みに思わず顔を顰める。
渉がどんなに抵抗したところで、慧の体はびくともしなかった。
「今、ここで抱いてやろうか?」
「……は?」
「だから、今すぐ抱いてやるって言ってんだよ」
慧の切れ長の瞳が渉を睨みつける。そのあまりにも鋭い眼光に、渉の体が小さく震えた。
――嫌だ、怖い。
渉はギュッと唇を噛み締め、その恐怖に耐える。助けを呼ぼうと大声を出そうとしても、それは声になってはくれなかった。
目からは涙が溢れ出し、渉はオメガの儚い存在を呪った。
――結局俺は、生まれ変わっても幸せになんてなれなかったんだ。
涙は次から次へと頬を伝う。慧はそんな渉を、静かに見下ろしていた。
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