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過去の記憶④

「ごめん、本当にごめん、宗一郎」 「え? なんでその名前を……?」 「生まれ変わったら必ず君を探すって、もう一度愛してあげるなんて言いながら、僕は仁としての記憶すら失ってしまっていた。生まれ変わって出会えていたのに、こんなに傍にいたのに……気付かなくて本当にごめん。ごめんなさい……」  渉を抱き締めたまま深く項垂れる正悟の体を受け止める。水が滴る正悟の髪をそっと掻き上げて、瞳から流れ落ちた涙を唇でそっと掬った。 「渉、全部思い出したから。二人でこっそり逢引きした夜のことも、花火を見ながら体を重ねたことも、この池で命を絶ったことも……宗一郎が蓮の花が大好きだったことも……今更だけど、全部思い出したから……」 「正悟……」 「あの時は一緒に死ぬことでしか、君を守ることができなかったけど、今は違う。君の御父上に認めてもらうまで何度でも会いに行く覚悟もあるし、慧さんを殴ってでも君を奪い去る気持ちだってある。それに……」 「それに?」 「誰にも認めてもらえなかったとしたら、二人で逃亡しよう?」 「逃……亡……?」 「そう、逃亡」  正悟が涙でぐしゃぐしゃになった顔で笑う。相変わらず隈はひどいし、泣き腫らした目は真っ赤に腫れあがっている。でも、あまりにも幸せそうに笑うものだから、渉も思わず笑顔になった。 「二人でどこまでも逃げよう。それが地球の裏側だとしても、きっと二人でなら楽しいよ」 「あははは! なんだよ、それ」 「僕は渉と一緒にいられるならば、どこでもいい。今世では絶対に離さないよ。生きて、二人で幸せになれる方法を考えよう」 「うん。俺も正悟とずっと一緒にいたい」 「これからは、ずっと一緒だ」  まるで誓いをたてるかのように見つめ合ったあと、もう一度唇を重ねる。 「あ、あ、はぁ……」  正悟とのキスは甘くて柔らかくて、頭の中が真っ白になってしまう。キスだけでは物足りない。もっと違う刺激を求めて、少しずつ体が火照り始めた。 「あ……」  その瞬間、渉の体から甘い香りが立ち込める。心臓の鼓動がどんどん激しくなって、体が熱くなっていく。呼吸が苦しくて潤んだ瞳で正悟を見上げた。 「渉、もしかしてヒートしてる?」 「うん。どうしよう、俺、正悟が欲しくて堪らない。正悟に抱かれたい……」 「僕も、渉を抱きたい。それに、渉の項を噛みたい」 「んッ……」  項を強く吸われた渉は甘い声を上げながら身悶えた。電流が全身を駆け抜けていく感覚に、頭の芯が痺れてくる。  ――正悟に抱かれたい。項を噛まれたい。  オメガとしての本能が覚醒していくのを感じた。 「渉のここの傷跡、綺麗になくなってる」 「え? 本当?」 「渉に噛みつくなんて、例え過去の自分だとしても絶対に許さないけどね」 「正悟……」  目の前にいる正悟は、明らかに渉のフェロモンの影響を受けてラットしている。獣のように荒い呼吸を繰り返し、ギラギラと目を光らせ自分を見つめる正悟の姿に、渉は身震いするほど興奮してしまった。  体の奥が疼きはじめ、正悟を受け入れる場所が蕩けていくのを感じる。無意識に火照った体をすり寄せた。 「辛いだろう? こっちにおいで」 「うん……」 「屋敷に戻ったら、抱いてもいい?」 「うん。抱いて……それから項を噛んで……」 「ふふっ。渉、可愛い」 「わ! ちょ、ちょっと、正悟!」  突然ふわりと体が浮き上がり、気が付いたときには正悟に横抱きに抱えられていた。恥ずかしさのあまり降りようともがいてみるが、力で正悟にかなうはずなんてない。  諦めた渉は、大人しく正悟の首に腕を回した。 「あんまり暴れると落ちちゃうよ」 「だって、俺重たいでしょ?」 「あははは! 渉は軽いよ。全然大丈夫。だからそのまま掴まっててね」 「……うん」  渉は正悟に抱えられたまま岸へと引き返す。  あの時は「引き返す」などという選択肢はなかった。だが今は違う。二人で幸せになるんだ――。そう心に誓い、岸へと向かうことができるのだ。  そんな二人を、月が優しく見守っていてくれた。  

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