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その檻(うで)は甘美(2)
やがて冷たい手はレオンハルトの頬をすべり、顎をつかむ。
「妹……シンシアが大切だったのか、レオ?」
「……彼女を大事に思っていたなんて言う資格、俺にはないよ。ヴィル」
レオンハルトは瑠璃色の眸を伏せた。
大貴族シュルツ家の令嬢シンシアとの婚約は、あからさまな政略結婚だ。
そこに愛が介在する余地などない。
「これで良かったんだよ、レオ。妹と結婚したところでうまくいくわけない。あいつにレオを幸せにはできない」
「そんなこと分からな……」
──分かるよ。
緋色の眼差しが至近距離に迫った。
「分かるよ。レオのことを一番理解してるのは、おれなんだから」
その言葉を、レオンハルトは優しさだと解釈した。
そう、ヴィルは優しい。
いつだって優しくしてくれるんだ。
「お前がいてくれてよかった、ヴィル。俺をひとりにしないでくれ」
「側にいるよ。いつだって」
レオンハルトが一番欲しかった言葉を、ヴィルターはくれた。
「レオがシンシアに憎まれても、ほかの誰かに裏切られても。おれだけは側にいるよ」
決してこの手を放さないという言葉に、込みあげるのは安堵の気持ちか。
ほぅと息をついたところで、緋色の視線に気付いた。
レオンハルトの眸から口元、首筋、胸元……下へ下へと、ヴィルターの視線が滑り落ちる。
「レオ、勃ってる」
「えっ?」
薄い掛け布団の上から膨らみが分かる。
下半身にぞわりと震えを感じ、レオンハルトは首を振った。
「ち、違う……」
婚約者が王にのしかかられ貫かれる夢に興奮して身体が反応したとでも?
そんな馬鹿な。
「ちがうっ!」
「何が違うんだ?」
つと、シーツの中にヴィルターの右手が滑り込んできた。
「あっ……」
夜着の前をくつろげて、信じられないほど熱い指がレオンハルトの敏感な処を掠める。
いや、熱を持っているのは自分の方なのか?
レオンハルトの屹立にヴィルターの人差し指が触れ、中指が絡み、薬指が動き、小指が爪をたてる。
親指が先端をぬるぬると擦った。
「ヴ、ヴィル? なにを……っ」
涼しい顔をした幼馴染の胸を叩き、押しのければいいのに。
だが、レオンハルトの手は力なくブラリと揺れるのみ。
「じっとして、レオ。戦場で兵士からがよくやるという。それと同じだよ」
長引く戦地で、欲を持て余した兵らは手っ取り早く仲間と抜き合うという。
「でも俺は……そんなこと、しないっ」
「黙ってろ、レオ」
こんなときですら、その声は優しく聞こえた。
ヴィルターの手の動きが早くなる。
ちゅぷちゅぷとはしたない音が寝室を満たした。
「……んんっ」
レオンハルトは慌てて己の口を押さえる。
声を我慢できなかったのは、きっと今夜が酷い夜だったからだ。
おずおずといった動作でレオンハルトはヴィルターの胸に顔を寄せた。
布越しにも冷やりとした感触が伝わってくる。
ほてった頬に、彼の身体は心地良い。
「ヴィルターのここ、ドキドキしてる」
「ん?」
レオの白い指がヴィルターの左胸に添えられる。
「心臓の音……すごい。いや、これは俺のか?」
ヴィルターの右手の動きが止まった。
「んっ……?」
少々物足りなさげに呻くレオンハルトの手首を、ヴィルターの左手がつかむ。
己の左胸にレオンハルトの手のひらを押し付けた。
「おれの心臓はレオのものだよ」
「ヴィル?」
「おれの友情も愛も忠誠も全部、レオ……君に捧げるよ」
「……なんでそんなに?」
快楽の途中で放り出されたためか、レオンハルトの瑠璃色の眸はとろりと揺れていた。
手のひらで感じる幼馴染の心臓の鼓動に全身を支配されそうだ。
「シンシアとの婚姻でヴィル、お前と義兄弟になれると思って嬉しかったんだ。幼馴染で親友、それ以上の絆を結べると思って。なのに、俺がこの手で断ち切ってしまった」
潤む瑠璃の眸。
きれいに切りそろえられた襟足を、ヴィルターの手が撫で続ける。
「なぁ、レオ。おれたちはもっと深い結びつきを交わすこともできる」
「ヴィル?」
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