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緋色の闇(2)
お互い言葉を呑んで相手の顔を見やる。
「先に言え」という無言の圧を感じたか、ヴィルターが続ける。
「今日は《公会議》に召集されていると言ってたが……行くのか?」
「あっ」
レオンハルトが顔を強張らせる。
甘い夢想は一気に現実に押しのけられた。
一番上のボタンをもどかしく自分で留めると、レオンハルトは立ち上がる。
「陛下召集の《公会議》だ。遅れてはまずい」
その言葉にヴィルターは普段の上着ではなく、金刺繍が施された青の上着をとった。
レオンハルトの背後にまわり着させてやる。
見下ろしたつむじに跳ねる黒髪を、そっと撫でつけてくれた。
「その、ヴィル……」
触れる手に未だ名残惜しいものを感じて、レオンハルトは俯いた。
「……夕べのことは忘れろ。俺は酒を呑んでいた。ひどく酔っていて、何も……覚えていない」
語尾はか細く震えてしまった。
嘘をついたと、ヴィルターなら分かるに違いない。
案の定、親友はレオンハルトの上着の皺を伸ばしてやりながら薄く微笑む。
「気にするな、レオ。ぬくもりが欲しいときもある。おれは君を傷つけたりしない」
そう告げる暗い緋色の眼差し。
まだ足りないというように、ヴィルターはレオンハルトの左胸にそっと手をあてた。
「つらい気持ちをここに押し込めるなら、おれを利用しろ。君が望むなら、おれはいつでも飛んでくるよ」
「ヴィル……」
レオンハルトは気付いていた。
精を放ち半ば放心したように眠りに落ちる瞬間、目にしたのだ。
ヴィルターのボトムスの前の膨らみに。
滾る欲望を撃ちつけることなく、ひたすら奉仕してくれたのだと心臓がキュンと高鳴る。
触れてやるべきだと手を伸ばしたところで、しかしレオンハルトは眠りに落ちた。
おれはいいんだ──ヴィルターはそう言ってくれると分かっていたから。
ドクンと心音が震えたと同時にヴィルターの手はレオンハルトの胸から首筋へと迫り上がった。
つと頬をなぞり、細い顎を絡めとる。
「忘れなくていい、レオ。おれも忘れないから」
上を向かされた。
ヴィルターの顔が近付く。
緋色の眼差しに滾るのは、どんな情念なのか。
「あっ……」
──キスされる。
親友の距離ではない近さに、レオンハルトは目を閉じた。
瞼をヴィルターの前髪がくすぐり、やがて唇に深い感触。
長いくちづけを破ったのはレオンハルトの抵抗でも、ヴィルターの遠慮でもない。
窓の外から聞こえる大きな声であった。
ここは一階である。
弾かれたようにレオンハルトが身体を離した。
陽光輝く外から薄暗い室内の様子など見えるはずもないのにと、ヴィルターは苦笑する。
「エドガー坊ちゃん、こんな時間まで一体どこにお出かけですか」
「じいやはうるさい。オレがどこで何をしてようが関係ないだろ」
「なんてこと言うんですか。レオンハルト坊ちゃんも心配されていますよ」
「兄貴がオレの心配なんてするわけないだろ。家のことしか頭にないんだ」
騒動の中心にいる人物を、レオンハルトはよく知っている。
こめかみを押さえてため息をついた。
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