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緋色の闇(3)

 部屋の扉を開けるや、玄関へと駆ける。 「エドガーの奴、また朝帰りか」 「放っておけ、レオ」 「そうはいくか」  はたして玄関には、レオンハルトとよく似た面差しの青年が立っていた。  ただしレオンハルトを貴公子と評するなら、こちらは小僧という言葉がよく似合う。  肩まで伸びた黒髪。薄い青の目は不貞腐れたように伏せられている。  白いシャツも、何ともだらしない着こなしだ。  一歳年下の弟エドガーであった。  十八歳の成人を迎えたというのに、心配して出迎えた使用人に怒鳴り散らしている。 「エドガー、じいやに当たるな。一体、何日家に帰っていないんだ」 「さぁな、兄貴。兄貴こそ、こんな朝早くにおめかししてどこにお出かけだ?」  女ものの甘ったるい花の香水に、レオンハルトは大仰に顔をしかめた。 「また女遊びか。クライン家の人間としてもうちょっと責任感のある行動を……」  女好きと表現すればよいのか。  どこで遊んでいるのか知らないが、数日帰ってこないこともまれではなかった。 「何がクライン家だ。落ちぶれた三流貴族のくせに。屋敷だって街外れの僻地にみすぼらしくポツンと建ってる。森の番人みたいじゃねぇか。使用人もここにいる二人だけだ」 「なんでお前はそんなことを言うんだ。亡くなった父上の名誉を……」 「ハッ」と弟は笑う。  そこに兄と使用人だけでなく、ずっと家柄のよいシュルツ家の跡取り息子ヴィルターがいることすら気にも留めないようだ。 「兄貴が心配してるのは王宮での自分の立場だけだろ」  エドガーの手がのびた。  レオンハルトの青の上着をつかみあげる。  背伸びをして兄と視線を合わせると、露骨に顔をしかめた。 「レオ!」  表情を強張らせヴィルターが一歩進み出るのを視線で制して、レオンハルトは弟の手をそっと叩く。 「言いたいことがあるならあとで聞こう。俺は出かけなくてはならない」  あしらわれたという思いに、エドガーの頬に朱が差す。 「こんなときにどこに行くって言うんだよ。兄貴、酒臭いぞ? 婚約者を売って、自分は酒盛りかよ」  レオンハルトの細い喉がゴクリと動いた。 「なぜ、シンシアのことを……」 「みんな知ってるよ!」  つかみあげるエドガーの手には血管が浮いている。 「街の誰もが噂してるぞ。クラインのご当主が、婚約者を王に献上したって」 「………………」  何とか言えよと怒鳴られ、しかしレオンハルトの唇は微かに震えるだけ。  動揺からか、言葉は出なかった。 「知ってるか、兄貴。兄貴が何て呼ばれてるか。王の犬なんて陰口叩かれてるんだぞ!」 「……じゃないか」 「えっ?」  胸倉をつかまれたまま項垂れるレオンハルト。  両腕から力が抜け、ダラリと垂れた。 「いいじゃないか。犬でも何でも呼ばせておけ。それでクラインが生き残れるなら安いものだ」  大した犬だなとエドガーが吐き捨てる。 「愛する女を平気で差し出して、それで権力闘争を勝ち抜こうってか!」 「違う! 権力争いなんかに興味はない。俺はお前と、クラインの名のために……」  首元をつかむエドガーの力はますます強くなった。 「よくもそんな勝手なことが言えるな。オレなら好きな人を絶対に手放さない。相手が国王であっても守り抜く。家よりも権力よりも、最後に残るのは愛なんだ!」  貴族に愛なんて必要ない──そう呟いてから、レオンハルトはハッとしたように顔をあげた。

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