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緋色の闇(5)

   ※  ※  ※  さて、《公会議》である。  それは、四百年の歴史を誇るアインホルン王国が歴代踏襲している政治体制だ。  王を補佐する、いわば重臣会議で任命権は国王にある。  かつては高い爵位を持つ大貴族が名を連ねていたというが、二十年前に現王が即位してからは実利を求める商人たちが牛耳るようになっていた。  そう。  現王ルーカスの代になって側近はおろか公会議議員までも一掃され、権威づけに使う紋章も撤廃されている。  政治決定はすべてルーカス王の思うがままで《公会議》は実質、振興の大商人らが商売の規制や緩和について案を出すだけの場と化していた。  それにもかかわらず、レオンハルト・クラインがこの名誉職にこだわる理由とは──。 「夕べあんなことがあって、よくノコノコと神聖な公会議の場に来られたな」  ひそめた声というのは案外よく通るものだ。  続く押し殺した笑い声も。  チラチラとこちらを見やる好奇の視線も、ナイフの切っ先の鋭さでこの肌を刺す。  ──耐えろ。今は耐えるんだ。  レオンハルトは大きく息を吸い込んだ。  濁った空気で肺が満たされ、喉の奥に血の味がせり上がってくる。 「元々、場違いだと思っていたんだ。あの若造」 「身分も低いうえに、経済力もないときている」 「金の代わりに陛下に婚約者を差し出したんだ」  口元を押さえて笑い声が漏れないようにしているということは、商人たちはレオンハルトの耳に悪口が届いていないと思っているのだ。  ならばと、レオンハルトの瑠璃色の眸は真っすぐ前を見つめた。  ──何も聞こえない。耐えろ、今は耐えるんだ。  広い部屋には長方形の机を囲む形で、すでに《公会議》議員たちが着座していた。  会議の長であるジェローム・シュルツ公を筆頭に商人らが席を並べ、レオンハルトは末席である。  そう、商人らより下座にいるのは家格が低いうえに財力もないからだ。  彼らが言うように、本来この場にいられる身分ではないのだ。  若造と嘲られても反論できないほど、年齢とて格段に若い。  ルーカス王の特別な引き立てと、ヴィルターの父である大貴族ジェローム・シュルツの推薦がなければ会議を覗くことすらできぬ身の上である。 「あんなことまでして公会議議員の座にしがみつくなんて、没落貴族の歪んだプライドってやつだな」 「澄ました顔して貴公子然としていたが、とんだ寝取られ貴公子だな」  今度はこらえきれなかったようで、笑い声が高い天井に反響した。 「卿ら、いいかげんに……」  たまりかねたといった様子でジェロームが席を立ったときのことである。  レオンハルトが睨み据えていた扉がゆっくりと開かれたのは。 「ご苦労だな。こんな朝早くに」  ゆったりとした歩調で議場に姿を現したのは、金刺繍のマントを優雅になびかせた人物であった。  くすんだ金髪を後ろで束ね、マントの下は夜着であろうか。  しどけない姿であるにも関わらず、場には緊張が走る。  全員が立って出迎える中、大あくびをしながら通りすぎ上座に着席したのはこの国の最高権力者ルーカス王であった。  朝早くというが、太陽はそろそろ中天にさしかかろうという時間帯である。  だが誰一人として不審げな様子は表さなかった。  先ほどまで私語に興じていた商人らが一様に背筋を伸ばしたのは王の権力、それからルーカス王が従えている武装兵《王の影》への畏怖だ。  これ見よがしに剣を鳴らし、王の傍らに立つのは黒鎧に身を包んだ人物であった。  頬に刻まれた傷が歴戦の戦士の風格を醸し出している。  その目配せに従うかたちで扉の前、部屋の隅々にいたるまで黒ずくめの歩兵が固めていた。  《王の影》と呼ばれる護衛の兵士たちである。  威圧感に息がつまりそうだ。  机を囲む面々の強張った表情を眺め、王は可笑しそうに唇を歪めた。  視線は最後に、末席でかしこまる若造に注がれる。

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