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緋色の闇(11)

 陽射しが身を刺す。  今はただ、あの手が恋しかった。  冷たいあの手でこの身を、この熱を解いてほしい。  それしか考えられなかった。 「レオ、顔色が悪い」  だからレオンハルトは街外れの小さな屋敷の前でその声を聞くなり、全身の強張りが解けていく感覚を覚えたのだ。 「まだいたのか、ヴィル。ふふっ……お前、暇なのか?」  従者などおらず、たった二人しかいない使用人もそれぞれの仕事で忙しいのだろう。  庭先で出迎えてくれたのはヴィルターだけだった。  馬から降りるのを手伝ってくれる親友の手に、信じられないほど気持ちが軽くなり悪態すら飛び出す。  しかしヴィルターは顔を見ただけで幼馴染の異変を察したらしい。 「何かあったか、レオ?」  出てきた使用人の老人に馬を預けると、レオンハルトの上着を脱がしながら館へと導き入れ、部屋に向かった。 「……いつかお前と一緒に公会議に出られたらなんて言ったけど、今日が最後の出席になりそうだ」  尚も頬を歪ませるレオンハルトの肩を、ヴィルターはつかんだ。  強引に自分のほうへと向き直らせる。 「レオ、おれの前で無理に笑わなくていい」  途端、レオンハルトの端正な容貌が歪んだ。 「どうしよう、ヴィルター。俺はきっと公会議を罷免される……」  緋色の眼差しに僅かな動揺が走る。 「レオ、血が出てる」 「えっ?」  頬に添えられた手に力が込められた。  クイと上を向かされたのは、喉元の傷を見ているからだ。  ルーカス王を拒んだとき、黒衣の護衛に剣を突きつけられてできたものである。 「か、会議の場で気分が悪くなって倒れた。それで……」 「ならばすぐに休め。それとも風呂に入るか?」  ふるふると首を振るレオンハルト。  倒れたという言葉にまず身体を案じてくれた親友に、再び涙腺が緩む。 「でも、エドガーの将来のためにも、俺は公会議を追われるわけにはいかないんだ。まだ決まったわけじゃない。何とかしなきゃ。地面に膝をついてでも、俺は……」 「体調が優れなかったんだろ。そんなことで罷免なんて……」  ありえないと、ヴィルターが呻く。 「父に働きかけてもらう。レオの身分を保証するようにと」 「そんなの無理だ!」  レオンハルトの叫び。  慌てて口を押さえる。  使用人の耳に届き、要らぬ心配をかけてはならないとの思いからだ。  しかし部屋の重い扉と、毛足の長い敷物が声を吸収してくれたようだ。 「去年、閣下が俺を公会議議員に推してくれたと聞いた。なのに俺はシンシアにひどいことを……。最悪なかたちで閣下を裏切ってしまったんだ」 「レオ……」  ヴィルターの手がレオンハルトの黒髪を撫でる。  切りそろえられた襟足を優しくくすぐった。 「そんなこと忘れてしまえ、な」  冷やりと心地好い指先が肌に触れるたび、レオンハルトの唇が震える。

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