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緋色の闇(12)
「……俺は全部間違えたんだ。もう消えてしまいたい」
血まみれで運び込まれてきた父。
あのときの赤と噎せ返る生臭さは二年たっても消えることはなかった。
目を閉じれば緋色の闇が、今も禍々しいまでの濃度で覆いかぶさってくる。
唇を噛みしめた瞬間、喉に熱が集中した。
王の護衛に刺された傷が突如、痛覚を刺激する。
「うっ……」
溢れた血液が、つと──首筋を伝う感触。
為すすべなく立ち尽くすレオンハルトの喉に、やわらかな肉が触れる。
湿り気を帯びた粘膜が傷口を覆った。
ヴィルターがレオンハルトの首に唇を寄せたのだ。
はしたない音をたてて血を啜る。
「うっ、ヴィル……」
予想外の刺激に、レオンハルトの膝がカクリと折れた。
崩れかけた腰にヴィルターの手が添えられる。
服の上からでも心地好い冷たさに、我知らず吐息が漏れた。
腰骨をそろりとなぞる手つきが艶めかしい。
昨日までと触れ方が違うのはすぐに分かった。
「ヴィル、悪いよ。そんなこと……」
「何が悪い?」
囁き声に、ヴィルターも小声で返す。
「何がって……ヴィルにあんなことをさせるなんて」
「あんなことって何? 言ってよ」
夕べの痴態が蘇ったか、レオンハルトの頬に朱が差した。
小さな声が耳朶をくすぐる。
耳たぶの熱を自覚したのか、瑠璃色の眸が潤んだ。
「冗談だよ。おれが望んでしてるんだ。レオは何も悪くないよ」
「ヴィル……っ」
眸の奥がじわりと熱くなる。
悲しくもないのに視界が霞んだ。
無意識の動きだろう。
レオンハルトの手が伸びる。
血のような色をした髪をそっと撫でた。
「お前の緋色(あか)は……やさしいな」
耳元では満足げな吐息。
ああ、この息遣いの中に身をゆだねてしまえば楽になれるのだろうか。
「俺にはもうお前とエドガーしかいないよ」
弟の名を出した瞬間、背を這う指にギリと力が込められる。
「ヴィル? 痛い」
顔をあげたレオンハルトは目を見張った。
ヴィルターの眼差しに一瞬、物騒な光がきらめいた気がしたのだ。
「……弟が大事か、レオ?」
「………………」
どう答えれば良いと?
抱き寄せられた腕は力強く、レオンハルトの細い腰を締めあげる。
「弟はレオの愛情を全部もらってるくせに、何ひとつ報いてないじゃないか。それどころか君の足を引っ張って、立場を危うくしている。弟なんて見捨ててしまえばいい」
「ヴィル?」
正論かもしれないとレオンハルトは思う。
ヴィルターが言うのだから、多分正しい状況分析なのだろうと。
だが、感情がついていく由もない。
「そんなこと言うな、ヴィル。エドガーはオレのただひとりの弟で。唯一の肉親だ」
「………………」
「仕方のないところもあるが。でもあんな奴でも、可愛い弟なんだ」
「……そうだな、ごめん」
緋色の髪をなぞる指先に、ヴィルターの表情が和らいだ。
背に回された手から力が抜け、血のついた唇が再び喉に押し当てられる。
「いっ……」
傷口に歯が当たり、レオンハルトは小さな叫びをあげた。
悲鳴……ではない。
己の口から漏れた声が予想外に甘く、まるで喘ぎ声のようで慌てて両手で唇を押さえる。
「ヴィル……その、するのか?」
声が震えたのは期待の表れか?
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