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高貴な瑠璃は散らされる(3)

 気付いた瞬間、心音が高鳴った。  まさか。彼女がこんな所に……しかもエドガーと一緒にいるはずがない。  いや、しかしあの声。この香りは……。  果たして、洋灯の明かりに浮かび上がったのは小柄で可憐な令嬢であった。  旅装束に身を包み、赤茶色の長い髪を後ろで束ねているのはレオンハルトにとっても近しい存在。 「シンシア、なんでここに……」  シンシア・シュルツ。  レオンハルトの婚約者である──今となっては元・婚約者と言うべきなのかもしれない。  夕べ、ルーカス王に差し出したはずの女が何故ここにいる?  転んだエドガーを助け起こしながら、敵を見るような目でこちらを睨むのは何故だ? 「ああ、そうか。同じ匂いだ……」  言葉を絞り出したせいか、レオンハルトの声は掠れていた。  心臓が早鐘を打つ。  そう、エドガーとシンシアはいつも同じ香りを纏っていたのだ。  シンシアの香水の匂いがエドガーに染みつくくらい、二人は寄り添っていたといえよう。 「やっぱりな、シンシア。おまえがレオを裏切ってほかの男と密会していることはうすうす気付いてたが、まさか相手がレオの弟だったとは」 「ヴィル、知って……?」  ヴィルターの声がこれまで聞いたことがないくらい冷たいものだったのも、レオンハルトの混乱を助長した。  敵対心を露わにシンシアが一歩踏み出す。 「兄様がわたしに何をしてくれたの? うすうす気付いていたんなら、なんでレオンハルト様との婚約なんてゴリ押ししたのよ」 「レオの前で何てこと言うんだ」 「うるさいわよ。シュルツ家との婚姻で没落貴族の友だちを救おうってつもりだったんでしょ。冗談じゃないわ」  記憶の中のシンシアは穏やかな女性だった。  こんな怒鳴り声、聞いたことがない。  いや、そうじゃない──レオンハルトは唇を噛みしめる。  ──俺のせいだ。俺が彼女を王に差し出したのが悲劇の発端なんだ。  穏やかになどいられるはずがない。  シンシアが激怒するのは当然だ。  そもそもこの事態に衝撃を受けて被害者面をする資格など自分にはないではないか。 「なぁ、兄貴」  灯りの中に進み出てきたのはエドガーだ。  服は泥まみれで、あちこちに擦り傷がある。  夜の森の逃避行で、彼女を守っていた証だろう。 「オレとシンシアは愛し合ってた。ずっと前から」 「何言って……。だってお前、あんなに遊び歩いて……」  兄の言い種に苛立ちを募らせたのだろう。  エドガーの表情が歪む。 「シンシアを忘れようとしたんだよ。恋人が政略結婚で兄貴の婚約者になっちまったんだからな」  オレだって兄貴を裏切りたくなかったから。でも、忘れられなかったんだ──呟く声は震えている。 「そ、それなら俺に言ってくれれば……」 「言ってどうなる! ああ、そうだな。兄貴は家が大事なだけだからな。自分が婚約を解消したって平気なんだ。オレとシンシアがくっつけば大貴族のシュルツと姻戚関係が結べるもんな」  弟の頬にのぼる笑みは軽蔑のそれか。 「でもな、兄貴。王がシンシアを見初めたらどうする? どっちにしろ王に尻尾を振って、彼女を差し出すんだろ」  言葉を詰まらせるレオンハルトに向けて、女がとどめの一言を放つ。 「エドガーはわたしのために陛下と戦ってくれるって言ったわ。プライドのないレオンハルト様とは違うもの」  怒りは尤(もっと)もだ。  レオンハルトは両手で顔を覆った。

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