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高貴な瑠璃は散らされる(4)
──なんで言わなかった? いや、俺が悪い。二人が想いあっていると何で気付かなかったんだ。知っていれば……。
そこで思い直す。
知っていたところで、エドガーが言うとおり己の行動は変わらないだろう。
国王の要求をはねつけることなど出来ようはずもない。
兄の沈黙を敗北ととらえたか、エドガーは体勢を立て直し馬の轡をとった。
「兄貴、オレたちをこのまま逃がしてくれ」
「エドガー……」
寄り添う若い二人は怖いもの知らずで、ある意味眩しい。
「兄貴に迷惑はかけない。遠くの街で二人で静かに暮らすから……」
しかしそれは無為無策の行動にすぎないのだ。
二人の若さは、レオンハルトの目を通せば無謀であるとしか言いようがない。
「何を夢みたいなことを言ってるんだ」
レオンハルトはヴィルターをちらりと見やった。
少し離れた位置で木にもたれ妹とエドガーを睨みつけていた親友は、レオンハルトの意図をすぐに察知してくれる。
無言で二人に近付くと、シンシアの手をつかみ引き寄せた。
「ヴィル、彼女をつれて家へ帰ってくれ。それから……王宮に使者を送れ。シンシアを迎えにくるようにと」
「兄貴!」
恋人と引き離され、エドガーが兄につかみかかる。
洋灯を落としそうになり、レオンハルトは弟の手を押しのけた。
「何で分からないんだ。陛下の不興を買ったらクラインは明日にも潰されるぞ。父の名誉とお前の将来を考えて、俺がどんなに苦労していると……」
「そんなこと、オレがいつ頼んだ? 兄貴が勝手にしてることだろ!」
不意にエドガーの声が震えた。
「死んだ親父や家なんかに縛られて、そんなに無理することないだろ。オレは家なんて失っても、最後に愛が残ればいいと思ってる」
エドガーにとって、真摯な言葉だったのだろう。
しかしそれは無性にレオンハルトを苛立たせた。
「お前はあのときの赤を……血まみれで運び込まれてきた父上の姿を見ていないからそんなことが言えるんだ」
エドガーの手を強引につかみ、背中で捻りあげる。
弟の呻きをよそに親友へと視線を走らせた。
ヴィルターに肩を押さえられ、うなだれるシンシアの姿は見ないように。
「ヴィル、王宮へ使者を送るときはクラインの名は出さないでくれ」
「分かってるよ、レオ。それで? 弟はどうするんだ」
ヴィルターの声が冷たいくらい落ち着いて聞こえたので、レオンハルトも微かに息をつく。
「エドガーは……しばらく家に閉じ込める。また駆け落ちなど企んで《王の影》にでも見付かれば命を奪われかねない。シンシアだって同じだ」
その言葉にエドガーの体から力が抜ける。
「レオ……」
何か言いたげなヴィルターに「大丈夫だ」というように頷いてみせてから、レオンハルトは弟の背に手を添えた。
馬に付いてくるよう目配せをする。
いつもレオンハルトを乗せている賢い馬だ。夜の森でも主人の後を付いてきてくれるだろう。
もう片方の手で洋灯を掲げる。
赤い灯りは、しかし一部陰っていて足元をぼんやりとしか照らしてくれない。
洋灯には黒い蝶の死骸が張りついていてのだ。
灯りにつられて寄ってきたのだろう。
容器に触れてしまい、その熱に命を奪われた。
一行も行く手を照らす黒い染み。
それは未来に暗鬱たる予感を感じさせた。
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